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フレンキー・デ・ヨングさんのプレースタイルについて、詳しく知りたいと感じている方は多いのではないでしょうか。
バルセロナに所属するオランダ代表MFのデ・ヨングさんは、ビルドアップから守備まで何でもこなせる「万能型ミッドフィールダー」として世界中から注目を集めています。
アヤックスでブレイクし、移籍金8600万ユーロという大型移籍でバルセロナに加入した彼が持つプレースタイルの特徴とは何なのでしょうか。
この記事では、デ・ヨングさんのプレースタイルの核心から、キャリアの歩み、オランダ代表での活躍、背番号21番に込められた想いまで、徹底的に解説します。
記事のポイント
①:後方ビルドアップと広い視野が最大の武器の万能型MF
②:身体能力と守備力も高く、DFからMFまで複数ポジションをこなせる
③:移籍金8600万ユーロでバルセロナに加入したオランダ代表の核心選手
④:背番号21番は21歳で逝去した祖父ハンスへの追悼を意味する
フレンキー・デ・ヨングのプレースタイルの特徴と強み
- フレンキー・デ・ヨングのプレースタイル概要と全体像
- ビルドアップ能力|後方から試合を操るゲームメイク
- フィジカルと守備力|繊細さと強さを兼ね備えた万能性
- 流動的なポジショニング|複数ポジションの適応力
- バルセロナの戦術との相性|課題と期待のジレンマ
フレンキー・デ・ヨングのプレースタイル概要と全体像
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フレンキー・デ・ヨングさんがどんな選手なのか、まずはプレースタイルの全体像を整理します。
「万能型ミッドフィールダー」とはどんな選手か
フレンキー・デ・ヨングさんは、現代サッカーにおいて稀有な「万能型ミッドフィールダー」として世界中から高く評価されています。
インサイドハーフ、守備的MF(アンカー)、さらにはセンターバックとして起用された実績もあり、ピッチのあらゆるポジションで一定以上のパフォーマンスを発揮できる選手です。
彼の最大の武器は、ボールを持ったときの落ち着きと判断力。相手がプレスをかけてきても慌てず、視野を広く保ちながら最適な選択肢を選べるのが特徴的です。
ここ、気になりますよね。ビルドアップだけでなく守備面でも高いスタンダードを持つ選手というのは、現代のトップクラブが最も欲しがるタイプのMFと言えるでしょう。
フレンキー・デ・ヨングの基本プロフィール
下記の表はフレンキー・デ・ヨングさんの基本情報をまとめたものです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | フレンキー・デ・ヨング(Frenkie de Jong) |
| 生年月日 | 1997年5月12日 |
| 2026年04月23日現在の年齢 | 28歳 |
| 出身地 | オランダ・南ホラント州・アルケル |
| 身長 | 181cm |
| 体重 | 約70kg |
| 国籍 | オランダ |
| ポジション | MF(インサイドハーフ・アンカー・センターバック) |
| 利き足 | 右足 |
| 背番号 | 21番 |
| 所属クラブ | FCバルセロナ(スペイン) |
主なキャリア遍歴
下記の表はデ・ヨングさんのキャリアを時系列でまとめたものです。
| 年 | 所属 | 主な出来事 |
|---|---|---|
| 2005年 | ヴィレムII/RKCアカデミー | 8歳で入団 |
| 2015年 | ヴィレムII(プロデビュー) | 5月にエールディビジデビュー |
| 2016年 | アヤックス移籍 | 4年契約でアヤックスへ |
| 2018-19年 | アヤックス | 国内二冠・CL準決勝進出・年間最優秀選手 |
| 2019年7月 | FCバルセロナ移籍 | 移籍金8600万ユーロ |
| 2018年9月 | オランダ代表デビュー | ペルー戦でA代表初出場 |
アルケルという小さな町から世界最高峰のクラブへと歩んできた軌跡は、まさに現代のサクセスストーリーです。
ビルドアップ能力|後方から試合を操るゲームメイク
デ・ヨングさんのプレースタイルを語る上で、ビルドアップ能力は外せません。ここでは彼のゲームメイク力を詳しく見ていきます。
後方からゲームを組み立てる能力
デ・ヨングさんの最大の強みは、後方からのビルドアップを主導する能力です。
アヤックスやバルセロナのようにボールポゼッションとビルドアップを重視するチームにおいて、彼の存在感は際立っています。
守備側が激しくプレスをかけてきても、彼は慌てず落ち着いてボールを受け、視野の広さを活かして次のプレーを選択します。
繊細なボールタッチで相手のプレスを吸収しながら、前線への縦パスやサイドへの展開を素早く判断できる点は、現代サッカーにおいて最も希少価値の高い能力の一つと言えるでしょう。
プレッシャー回避能力と視野の広さ
デ・ヨングさんが特に評価されているのが、プレッシャーを受けた状況下でのプレー品質の高さです。
相手選手に囲まれた状況でも、滑らかなドリブルで相手を抜き去ることでスペースを作り出し、適切なタイミングで前線へとボールを供給します。
この「狭いエリアでも失わない」という能力は、バルセロナのポゼッションサッカーには不可欠なスキルです。
2019年1月のアヤックス時代、チャンピオンズリーグのラウンド16でレアル・マドリーと対戦した際、デ・ヨングさんは2018年バロンドーラーのルカ・モドリッチさんを翻弄するプレーを見せ、多くのメディアから称賛を浴びました。
その試合でアヤックスは逆転勝利を収め、当時の世界最高と評されたMFすら圧倒するプレーは、彼の名を世界中に知らしめることになったのです。
スムーズなドリブルと的確なパスワーク
デ・ヨングさんのビルドアップをさらに際立たせるのが、スムーズなドリブルと的確なパスワークの組み合わせです。
ボールを持ったとき、彼はまず周囲の状況を瞬時に確認。スペースがあればドリブルで前進し、詰まれば素早く正確なパスでリズムを維持します。
この判断の速さと正確さが、アヤックスのハイプレスサッカーでもバルセロナのポゼッションサッカーでも機能する理由です。
また、アヤックス時代のコーチやバルセロナのスタッフも「デ・ヨングのボールタッチは芸術的」と口を揃えています。技術的な洗練度は現代MFのトップクラスと言えるでしょう。
フィジカルと守備力|繊細さと強さを兼ね備えた万能性
華麗なパスワークとドリブルから「テクニック型MF」と思われがちなデ・ヨングさんですが、守備面での能力も非常に高い選手です。
守備時の広いカバーリング能力
デ・ヨングさんは優れた身体能力と守備力を兼ね備えた選手です。身長181cm・体重約70kgと特別大柄ではないものの、危機察知能力を活かしたカバーリング能力は世界トップレベルです。
彼は広い範囲をカバーできる運動量を持っており、守備時には後方に下がりディフェンスラインをサポートすることも厭いません。
攻撃的なポジションにいながら、危険を察知すると素早く戻って守備に貢献する姿は、現代サッカーにおける「インテリジェントなMF」の象徴的なプレーです。
対人戦でも、フィジカルが求められる場面で容易に力負けしません。181cmという身長を活かしたエアバトルも一定レベルでこなせるため、相手のパワーフォワード相手でも対等以上に渡り合えます。
インターセプト能力の高さ
デ・ヨングさんが守備面で特に評価されるのが、インターセプト能力の高さです。
相手のパスコースを読み取り、素早く反応してボールをカットする能力は、守備から攻撃への素早い切り替えにも直結します。
アヤックス時代、チームのハイプレス戦術において、デ・ヨングさんのインターセプトから始まるカウンターは何度もゴールに直結しました。
守備への貢献度と攻撃への直接的な影響力を兼ね備えているからこそ、バルセロナは8600万ユーロという大型投資を決断したとも言えるでしょう。
センターバックとしても起用可能な汎用性
デ・ヨングさんの守備能力の高さを示す最たる証拠が、センターバックとしての起用実績です。
本職はMFながら、バルセロナでは緊急時にCBとして起用された実績があります。これは単に守備の基礎能力が高いだけでなく、ポジショニングの理解力とビルドアップ能力の両方が求められるポジションであることを考えると、いかに彼の知性と技術が高いかがわかります。
インサイドハーフ、アンカー、そしてセンターバックまでこなせる選手は世界を見渡しても数えるほどしかいません。この汎用性こそが、デ・ヨングさんを現代サッカーで最も価値の高いMFの一人にしているのです。
流動的なポジショニング|複数ポジションの適応力
デ・ヨングさんのプレースタイルを理解するには、流動的なポジショニングについても深く掘り下げる必要があります。
アヤックス時代の中盤の要としての役割
アヤックスでプレーしていた頃、デ・ヨングさんは主に中盤の底(アンカー)としてハイテンポなビルドアップを管理し、チームのアグレッシブな戦術を攻守に支える役割を担っていました。
2018-19シーズンのアヤックスは、攻撃的プレッシングと素早いボール回しを特徴とするチームで、デ・ヨングさんはその中心に位置していました。
守備時には素早く相手にプレスをかけ、ボールを奪ったら即座に前線へと配給。その速さと正確さがアヤックスの躍進を支えたのです。
ヨーロッパの名だたるクラブが彼の移籍を争ったのも、アヤックス時代のこの活躍があってこそです。
バルセロナでの攻撃的なポジション変化
バルセロナへの移籍後、デ・ヨングさんの役割は少し変化しています。
アヤックスではアンカーが主なポジションでしたが、バルセロナではインサイドハーフとして攻撃的な役割も担うようになりました。ビルドアップだけでなくチャンス創出にも積極的に関与し、ファイナルサードへ侵入してラストパスを供給するチャンスメーカーとしての能力も磨かれています。
この「役割の広がり」こそが、バルセロナで200試合以上に出場してきた理由の一つです。
しかし、ポジションが流動的になることでスペースを空けてしまう場面もあり、戦術的な整合性という観点では課題も残っています。
流動的なポジショニングの強みと弱み
デ・ヨングさんの流動的なポジショニングには、強みと弱みの両面があります。
強みは何といっても予測不可能性です。相手の守備陣からすると、デ・ヨングさんがどこに出てくるかわからないため、マークが難しくなります。これが彼のプレーに独特の魅力と効果をもたらしています。
一方で弱みとして、守備時や攻撃時の位置取りが安定しないことがあり、チーム全体の構造が崩れる原因となることもあります。特に、ビルドアップ時に後方からドリブルで上がる際、サポート役がいないとリスクが高まる場面があります。
バルセロナでは、かつてのセルヒオ・ブスケツさんのように彼の自由な動きを支える卓越したピボット役が不在のため、そうしたリスクをカバーするのが難しくなっているのが現状です。
バルセロナの戦術との相性|課題と期待のジレンマ
世界屈指の名門バルセロナに加入したデ・ヨングさんですが、戦術的な相性については議論が続いています。
ポジショナルプレーとデ・ヨングの相性
バルセロナのサッカーはポジショナルプレーを基本とし、選手それぞれが決められたポジションから動きすぎないことを重視します。
しかし、デ・ヨングさんは生来の自由奔放なスタイルを持つ選手。ボールを受けるために広くポジションを取ったり、ドリブルで前進したりと、ポジショナルプレーとは相容れない動きを好む傾向があります。
この「チームの型」と「個人のスタイル」のミスマッチが、バルセロナでのデ・ヨングさんをめぐる戦術論争の核心にあります。
それでも彼がバルセロナで5シーズン以上にわたって活躍できているのは、卓越した技術とインテリジェンスでチームに適応し続けているからにほかなりません。
ブスケツの後継者としての期待と課題
バルセロナで長年アンカーを務めたセルヒオ・ブスケツさんが2023年に退団した後、デ・ヨングさんにはその後継者としての期待が高まりました。
ルート・フリットさんやフランク・デ・ブールさんといったオランダ代表OBも「デ・ヨングはバルセロナのテンポに適応し、ブスケツの後継者としての期待を背負っている」と指摘しています。
しかし、ブスケツさんのような「黒子に徹するピボット」としての役割よりも、もっと広い範囲に関与したいというデ・ヨングさんの性質が、純粋な後継者としての適性に疑問を投げかけます。
この課題をどう克服していくかが、残りのキャリアにおける重要なテーマになっているようです。
バルセロナ在籍中のタイトル獲得実績
課題はあれど、デ・ヨングさんのバルセロナでの実績は確かなものです。
| タイトル | 年 | 備考 |
|---|---|---|
| リーガ・エスパニョーラ優勝 | 2022-23年 | バルサ国内優勝に貢献 |
| コパ・デル・レイ優勝 | 複数回 | 国内カップ戦制覇 |
| スーペルコパ優勝 | 2022-23年 | スペイン国内カップ制覇 |
在籍5シーズンで200試合以上出場という数字は、彼がバルセロナにとってなくてはならない存在であることを物語っています。
フレンキー・デ・ヨングのプレースタイルを生んだキャリア
- キャリア初期|地元クラブからアヤックスへの道
- アヤックスでのブレイク|CL準決勝進出の軌跡
- バルセロナへの移籍と在籍5シーズンの軌跡
- オランダ代表での活躍|EURO・W杯への参加
- 背番号21番に込められた祖父への想い
- OBや専門家が語るデ・ヨングの評価
キャリア初期|地元クラブからアヤックスへの道
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デ・ヨングさんのプレースタイルは、幼少期からの積み重ねによって形成されています。キャリアの出発点から振り返ってみましょう。
地元アルケルでのサッカー入門
フレンキー・デ・ヨングさんは1997年5月12日、オランダ・南ホラント州のアルケルという小さな町で生まれました。
サッカーを始めたのは6歳のとき。地元クラブのASVアルケルでボールを蹴り始めた彼は、幼い頃からその才能を周囲に認められていました。
6歳のときにはRKCワールワイク(ヴィレムIIのプロチーム)からオファーを受けるほどの才能の持ち主でしたが、両親が「まだ早い」と判断し断ったというエピソードが残っています。
この慎重な育成環境が、後のデ・ヨングさんの着実な成長を支えたとも言えるでしょう。
ヴィレムIIでのプロデビュー
2005年、8歳のデ・ヨングさんはヴィレムIIの下部組織に入団しました。
フェイエノールトも候補の一つでしたが、「快適に過ごせる」という理由でヴィレムIIを選択。クラブ史上最高のタレントと評価され、16歳のときに3年のプロ契約を結ぶという異例の若さでプロの世界に足を踏み入れます。
2015年5月のエールディビジ・ADOデン・ハーグ戦でトップチームデビューを果たすと、その後わずか半年でアヤックスからの移籍オファーが舞い込みました。
小さなクラブからオランダを代表するビッグクラブへの移籍は、デ・ヨングさんの才能がいかに突出したものだったかを物語っています。
アヤックス移籍のきっかけ
デ・ヨングさんをアヤックスに招いたのは、元オランダ代表のマルク・オーフェルマルスさんです。
オーフェルマルスさん自身もヴィレムIIからアヤックスへと移籍した経歴を持つ人物で、2012年からアヤックスのスポーツディレクターを務めており、「自分がデ・ヨングをスカウトした」と語っています。
2015年夏、デ・ヨングさんはアヤックスと4年契約を締結。当初は半年間ヴィレムIIにレンタル残留する契約でしたが、前倒しでヨング・アヤックス(セカンドチーム)に合流し、着実にトップチームへの道を歩み始めました。
アヤックスでのブレイク|CL準決勝進出の軌跡
2017-18シーズンにアヤックスのトップチームに定着したデ・ヨングさんは、翌シーズンに世界を驚かせる活躍を見せます。
2018-19シーズンの国内二冠達成
2018-19シーズン、デ・ヨングさんはアヤックスのエンジンとして大活躍を見せました。
ファン・デ・ベーク選手、マタイス・デ・リフト選手など若手主体のアヤックスにあって、デ・ヨングさんは中盤の司令塔として別格の存在感を示します。
エールディビジとKNVBカップの国内二冠を達成し、同シーズンのエールディビジ年間最優秀選手にも輝きました。国内リーグで最高評価を受けたことで、ヨーロッパのビッグクラブが一斉にデ・ヨングさんへの関心を示すことになります。
当時22歳の若さで最優秀選手の称号を手にした事実は、彼のプレースタイルがいかに洗練されていたかを証明しています。
CL準決勝進出とモドリッチ撃破
同シーズン最大のハイライトとなったのが、UEFAチャンピオンズリーグでの活躍です。
ラウンド16で当時三連覇中だったレアル・マドリーと対戦。アウェイ戦を2-1で落としながら、ホームで3-2の大逆転勝利を収め、当時18年ぶりとなるCLベスト8進出を果たしました。
この試合でのデ・ヨングさんのプレーは特筆すべきもので、2018年バロンドーラーのルカ・モドリッチさんを翻弄する場面が世界中で話題になりました。
準々決勝ではユベントスを撃破し、実に22年ぶりとなるCL準決勝進出に貢献。準決勝こそトッテナムに敗れましたが、この活躍によってデ・ヨングさんの名は世界中に知れ渡ることになりました。
バルセロナ移籍発表とオランダへの衝撃
2019年1月、シーズン途中にバルセロナへの移籍が発表されました。翌シーズン(2019-20シーズン)からの加入という形でしたが、オランダ国内では大きな話題になりました。
移籍金は7500万ユーロ、ボーナス込みで最大8600万ユーロという当時の大型移籍。22歳でのバルセロナ入りは、オランダサッカー史においても特別な意味を持つ出来事でした。
チームメートのデ・リフト選手もその後ユベントスへと移籍し、アヤックスの黄金世代がヨーロッパ各地に散っていったのもこの時期です。
バルセロナへの移籍と在籍5シーズンの軌跡
2019年7月にバルセロナに正式加入したデ・ヨングさん。その後の5シーズン超の軌跡を振り返ります。
加入即レギュラーとなった1年目
バルセロナ加入直後から、デ・ヨングさんは順調にレギュラーの座をつかみました。
リーガ・エスパニョーラの開幕戦からフル出場を果たし、2019年9月14日の第4節バレンシア戦でリーガ初ゴールを決めるなど、加入1年目から存在感を示しました。
当時のバルセロナにはリオネル・メッシさんも在籍しており、世界最高の選手と同じチームでプレーする経験が、デ・ヨングさんをさらに成長させたことは間違いありません。
ただ、その後は怪我による離脱や去就をめぐる噂など、バルセロナでの道は決して平坦ではありませんでした。
怪我と去就問題を乗り越えた精神力
バルセロナ在籍中、デ・ヨングさんは怪我による戦線離脱と去就問題の両方に悩まされ続けました。
特に2022年夏には、バルセロナの財政難を背景に移籍を求められるという状況に置かれ、マンチェスター・シティへの移籍が噂されました。しかし、デ・ヨングさんはバルセロナ残留を選択。「自分のプレースタイルはバルセロナに合っている」という強い信念がそこにありました。
頑固な一面を持つ彼らしい判断だったとも言えます。アヤックス時代から「監督の指示を聞きながらもピッチでは自分の直感でプレーする」と語っていた彼が、移籍圧力の中でも自らの意志を貫いたのです。
その後バルセロナで2022-23シーズンのリーガ優勝に貢献し、在籍200試合以上というマイルストーンを達成しました。
バルセロナでの成績と実績
下記の表はデ・ヨングさんのバルセロナ在籍中の主な実績です。
| シーズン | リーグ出場 | 主な実績 |
|---|---|---|
| 2019-20 | 29試合 | 加入1年目・レギュラー定着 |
| 2020-21 | 28試合 | コパ・デル・レイ優勝 |
| 2021-22 | 32試合 | 継続的な出場機会確保 |
| 2022-23 | 29試合 | リーガ・エスパニョーラ優勝 |
| 2023-24以降 | 継続出場 | スーペルコパ優勝など |
オランダ代表での活躍|EURO・W杯への参加
クラブレベルだけでなく、代表レベルでもデ・ヨングさんは中心的な存在です。
U-15からA代表まで全世代別代表を経験
デ・ヨングさんはU-15代表から各世代別代表に名を連ね、エリート街道を歩んできました。
U-17、U-19、U-21と着実に代表キャリアを積み上げ、2018年9月にオランダA代表に初招集。ペルー戦で代表デビューを果たしました。
デビュー直後から代表レギュラーに定着し、2018-19のUEFAネーションズリーグでは決勝まで進出(準優勝)するチームの主力として活躍しました。
これほどスムーズに代表に溶け込めた背景には、アヤックスで培ったオランダ式のサッカー哲学への深い理解があったと言えるでしょう。
EURO2020・2022年W杯での役割
EURO2020と2022年FIFAワールドカップに出場し、オランダ代表の中心選手として活躍したデ・ヨングさん。
EURO2020ではグループステージを突破し、ベスト16まで進出。チェコに惜敗しましたが、デ・ヨングさんの中盤での活躍はオランダサッカーの未来を感じさせるものでした。
2022年カタールW杯では、オランダはグループステージを首位通過し、決勝トーナメントに進出。準々決勝でアルゼンチンと対戦し、PK戦で惜敗しましたが、デ・ヨングさんは全試合でスタメンフル出場し、チームに貢献しました。
大会を通じて50試合以上の代表出場を積み重ね、オランダ代表の顔として認識されるようになっています。
一時代表離脱と復帰
2023年9月を最後にしばらくオランダ代表を離脱していたデ・ヨングさんでしたが、2024年11月に1年2か月ぶりに代表復帰を果たしました。
代表離脱中は怪我の影響もあったとされており、万全のコンディションに戻るための判断だったとみられています。
復帰後の活躍次第では、次のEURO・W杯でのオランダ代表における役割がさらに大きくなることが期待されます。現在28歳という年齢から考えても、まだまだ代表での活躍は十分に見込めるでしょう。
背番号21番に込められた祖父への想い
デ・ヨングさんといえば背番号21番。この番号には、単なる数字を超えた深い意味が込められています。
祖父ハンス・デ・ヨングへの追悼
フレンキー・デ・ヨングさんが21番を着け続ける理由は、祖父ハンス・デ・ヨングさんへの追悼にあります。
祖父のハンスさんは、21歳の誕生日にこの世を去りました。サッカーの大ファンだったハンスさんへの敬意を込めて、デ・ヨングさんは21番という数字を特別な意味を持つ番号として選んでいます。
バルセロナの入団会見でデ・ヨングさんはこのエピソードを語り、「祖父を除いて、家族全員をバルセロナのプレゼンテーションに招くことができた。彼がこれを体験できなかったことを残念に思う」と感情を込めて話しました。
スポーツ選手の背番号へのこだわりは様々ですが、亡き祖父への想いを21年以上背負い続けるデ・ヨングさんのその姿勢は、多くのファンの心を打つものがあります。
ヨハン・クライフとの比較と21番の意味
バルセロナ加入以降、デ・ヨングさんはしばしばオランダサッカーの伝説・ヨハン・クライフさんと比較されることがあります。
アヤックス出身のオランダ人MFという出自だけでなく、抜群のスキル、視野、運動量、インテリジェンスを活かしてピッチの広範囲に影響を及ぼす点において共通点があると指摘されます。
ただし、クライフさんが前線で創造性を発揮するタイプだったのに対し、デ・ヨングさんは後方でのゲームメイクに重きを置いている点で異なります。「第三ラインのプレーメーカー」という表現が、デ・ヨングさんのプレースタイルをより的確に表しているかもしれません。
バルセロナでの背番号21番は、ルイス・エンリケさんやリリアン・テュラムさんなどの名手が着けてきた番号でもあります。デ・ヨングさんはその系譜を受け継ぎながら、祖父への想いも重ねているのです。
背番号21番の継承とチームメートとの関係
デ・ヨングさんは21番の番号にこだわりを持ちながらも、チームメートとの関係については非常にオープンです。
アヤックス時代の親友はマタイス・デ・リフトさんで、プライベートでも一緒に外出するほどの仲とされています。二人はユベントスとバルセロナに分かれた後も友情を保ち続けているとされ、互いの成長を喜び合う関係が続いているようです。
趣味は旅行と音楽、テレビゲーム。SNSには恋人と旅行を楽しむ写真が度々投稿され、ピッチ外でも充実した日々を送っていることが伺えます。
OBや専門家が語るデ・ヨングの評価
デ・ヨングさんのプレースタイルは、多くの専門家から高く評価されています。具体的な言葉を通して、その真価を確認してみましょう。
ルート・フリットとフランク・デ・ブールの言葉
オランダサッカーの偉人であるルート・フリットさんとフランク・デ・ブールさんは、ともにデ・ヨングさんについて「バルセロナのテンポに適応し、セルヒオ・ブスケツの後継者としての期待を背負っている」と語っています。
二人のレジェンドが後継者として名指しするほどの評価は、デ・ヨングさんのプレースタイルがいかに高く認められているかを示しています。
ただし、フリットさんは同時に「ボール保持時間の長さや頻繁なポジション移動は、バルセロナの攻撃のテンポや構造に悪影響を与えることがある」とも指摘しており、純粋な称賛だけでなく建設的な批評も行っています。
トップクラスの元選手たちが高い期待とともに課題を指摘するという事実そのものが、デ・ヨングさんへの注目度の高さを物語っているとも言えます。
マルク・オーフェルマルスとの縁
デ・ヨングさんをアヤックスに連れてきたマルク・オーフェルマルスさんは、元オランダ代表のウインガーで、アヤックス→アーセナル→バルセロナというキャリアを歩んだ選手です。
オーフェルマルスさんとデ・ヨングさんは、ヴィレムII→アヤックスという移籍ルートが共通しています。この縁があったからこそ、オーフェルマルスさんがデ・ヨングさんの才能をいち早く見抜き、アヤックスへ招くことができたのかもしれません。
「元プレーヤーが若い才能を見出す」という構図は、サッカー界では珍しくありませんが、デ・ヨングさんとオーフェルマルスさんの場合は、似たキャリアパスを歩んだ先輩と後輩という特別な絆がそこにあります。
現代サッカーにおけるデ・ヨングの位置づけ
現代サッカーにおいて、デ・ヨングさんのようなプレースタイルを持つ選手は非常に希少です。
「ビルドアップ・守備・攻撃参加・複数ポジション対応」というすべての要素を高水準でこなせる選手は、世界を見渡しても指折り数えるほどしかいません。
移籍金8600万ユーロという金額は、そのような希少性に対する投資と見ることができます。課題があるとしても、それを補って余りあるほどの才能と能力を持つ選手として、世界中で高く評価されているのです。
今後のキャリアでさらなる進化を遂げるのか、それとも移籍という形で新天地を求めるのか、デ・ヨングさんの動向から目が離せません。
フレンキー・デ・ヨングのプレースタイルの総まとめポイント
- 1997年5月12日オランダ・アルケル生まれの万能型MF
- ポジションはMFだがセンターバックとしても起用されるほどの汎用性
- 最大の武器は後方ビルドアップ能力とプレッシャー回避力
- 視野の広さと繊細なボールタッチが世界トップレベル
- インターセプト能力が高く守備から攻撃への切り替えも速い
- 2019年7月に8600万ユーロでバルセロナに移籍した
- アヤックス時代の2018-19シーズンに国内二冠・CL準決勝進出を達成
- 同シーズンにエールディビジ年間最優秀選手に選出された
- バルセロナでは200試合以上に出場しリーガ優勝など複数タイトルを獲得
- オランダ代表としてEURO2020・2022年W杯に出場
- 背番号21番は21歳で逝去した祖父ハンスへの追悼
- ヨハン・クライフと比較されることもある高い評価を受ける
- フリット・デ・ブールらOBからブスケツの後継者と期待されている
- 頑固な一面があり移籍圧力に負けずバルセロナ残留を選択した
- 趣味は旅行・音楽・ゲーム。親友はマタイス・デ・リフト
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