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キンキキッズ(KinKi Kids)の「黒い噂」が気になって検索した方、こんにちは。
堂本光一さんと堂本剛さんによるデュオ、KinKi Kidsは1997年のデビューから47作連続でオリコンシングルランキング初登場1位という前人未到の記録を持つ伝説的ユニットです。
そんな輝かしい実績の裏で、ネット上では長年「黒い噂」が絶えません。解散説、不仲説、グループ名の問題、ジャニー喜多川さんとの関係…と検索するたびに気になるワードが並びますよね。
この記事では、キンキキッズをめぐる黒い噂を一つひとつ丁寧に検証し、その真相を明らかにしていきます。
結論からいうと、噂の多くは誤解や先入観から生まれたものです。ぜひ最後まで読んでみてください。
記事のポイント
①:グループ名は英語圏で変態の意味になると指摘されていた
②:堂本剛の退所後もDOMOTOとしてグループ活動を継続
③:FNS歌謡祭の炎上はファンにとって通常運転だった
④:2025年7月にDOMOTOへ改名し新たな船出を切った
キンキキッズに広まる黒い噂の全容
- グループ名に隠された禁忌の意味とは
- 堂本剛退所後も解散しない理由
- レギュラー番組終了とファンが感じた不安
- ジャニー喜多川との関係と性◯害問題の逆風
- 堂本剛の突発性難聴と光一が見せた絆
- 堂本光一の楽屋ブチキレ事件の真相
グループ名に隠された禁忌の意味とは
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キンキキッズというグループ名、実はずっと前から「やばい」と言われてきたのをご存知ですか。
まず英語の問題から話しましょう。「Kinki」という文字列は、英語の「Kinky(キンキー)」と発音が非常に似ており、英語圏では「性的に倒錯した」「変態的な」という意味で使われる単語です。
つまり海外の人に「KinKi Kids」と言うと、直訳すると「変態な子どもたち」というとんでもない意味になってしまうわけです。
Sexy Zoneも同様にグループ名の意味が問題視され、海外での出演を断られた経験があると語っていましたが、KinKi Kidsも同じ状況に置かれていた可能性は十分ありますよね。
同じく「近畿」の字を使う近畿大学も英語圏では「変態な大学」と読まれてしまうことから、英語圏での活動を意識して「近大」という呼び方を前面に押し出すようになっています。
日本語での当て字問題
次に日本語の当て字問題。「キンキ」を漢字で当てると「禁忌」になりますよね。
禁忌というのは「触れてはいけないこと」「タブー」を意味する言葉です。
以前はこれをネタ的に笑い飛ばせる雰囲気がありましたが、後にジャニー喜多川さんの性◯害問題が公となって以降、「禁忌キッズ」という当て字はもはや笑えないものになってしまいました。
一部では、ジャニー喜多川さんが意図的に「禁忌」を意味する「キンキ」という名前をつけたのではないかと疑う声まで出ています。
「キッズ」問題
そしてもう一つが「キッズ」問題です。
KinKi Kidsの2人、堂本光一さんも堂本剛さんも現在は46歳。デビューした1997年当時はたしかに17歳でキッズでしたが、いつまでも「Kids(子どもたち)」と名乗り続けることへの違和感を持つ人も多く、ネット上では長年ネタにされてきました。
こうした3つの理由が重なって、「キンキキッズ 名前 やばい」という検索ワードが広まり、それが「黒い噂」のひとつとして語られるようになったわけです。
ただ実際のところ、グループ名の意味が「黒い噂」の本質ではありません。これはどちらかといえばコントロールできない外的な問題であり、2人の活動や人格とは無関係のことです。
デビューから28年が経ち、2025年7月22日には「KinKi Kids」から「DOMOTO」へと正式に改名。
グループ名に関する問題は、改名によって一つの区切りを迎えることとなりました。
2人がジャニー喜多川さんからいただいた名前を変える決断をするまでの葛藤も、ファンの間では語り継がれています。
名前という外側の問題とは別に、音楽そのものは変わらず届けていくという2人の意志の表れともいえるでしょう。
堂本剛退所後も解散しない理由
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KinKi Kidsの解散を心配するファンが多い理由として、まず真っ先に挙げられるのが堂本剛さんの事務所退所です。
2024年2月22日、堂本剛さんはSMILE-UP.(旧ジャニーズ事務所)を3月末をもって退所し、独立することを発表しました。
一方の堂本光一さんはSTARTO ENTERTAINMENTに残留。つまり2人は別々の事務所に所属するという、これまでにない状況が生まれました。
デュオのメンバーが別々の事務所に所属するというのは前例が少なく、「そのままKinKi Kidsとしての活動が続けられるのか」と不安になるファンが出たのも無理はありません。
2人の間で話し合われた決断
ただ、退所発表の際に堂本光一さんは「彼(堂本剛)の意志は結構前から聞いていて、話はしていた」と述べ、剛さんの意思を「尊重したいと思う」と明言しています。
つまり、退所はある程度2人の間で話し合われたうえでの決断だったわけです。
さらに重要なのは、退所後もKinKi Kidsとしての活動を続けていくことが明確に示されていたこと。
2024年から2025年にかけてのコンサート「KinKi Kids Concert 2024-2025 DOMOTO」が開催されており、これがある種の証明となりました。
そもそも2人が別事務所になっても活動できる下地はすでにありました。
堂本光一さんが「だれかtoなかい」に出演した際、「2人とも事務所を退所すると、権利関係でKinKi Kidsの名前は使えなくなる」と話していました。
裏を返せば、光一さんが事務所に残っている限りはKinKi Kidsとしての活動が守られるということになります。
改名という形での覚悟の表明
その後2025年7月22日には、グループ名を「KinKi Kids」から「DOMOTO」へ正式に改名。
事務所の違いを超えてグループを継続する、という2人の覚悟が改名という形で示されました。
退所イコール解散ではなく、別々の道を歩きながらも音楽での絆を保つという選択をしたのです。
堂本剛さんの退所の背景には、ジャニー喜多川さんへの複雑な思いがあったとも言われています。
剛さんはジャニー氏の生前から「ジャニーさんが亡くなったら事務所を辞める」と後輩たちに話していたとも伝えられており、性◯害問題が公となった後も、グループへの影響を考えて慎重に時期をうかがっていたようです。
一方、光一さんは会見でジャニー氏の性◯害問題を断罪し、決別を宣言するなど積極的にコメント。
2人のスタンスの違いはありましたが、それはどちらが正しいではなく、それぞれの考え方と性格の違いから来るものです。
レギュラー番組終了とファンが感じた不安
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堂本剛さんの退所と並んでファンを不安にさせたのが、長年続いたレギュラー番組の終了です。
KinKi Kidsのフジテレビでのレギュラー番組は、1996年から2024年まで実に28年近くにわたって続いてきました。
途中で番組名が変わることはあっても、ほぼ途切れることなくフジテレビで2人の姿を見ることができたわけです。
その最後の砦となっていたのが「KinKi Kidsのブンブブーン」でしたが、2024年3月をもって終了。
フジテレビのKinKi Kidsのレギュラー番組が消えた事実は、ファンにとって相当なショックでした。
なぜならテレビのレギュラー番組というのは、アイドルやタレントの「現役度」を示すバロメーターでもあるからです。
「番組がなくなる=活動縮小」というイメージが先行してしまうのは自然なことです。
番組終了と解散は別の話
ただ、ここで冷静に考えてみると、テレビのレギュラー番組がなくなることと、グループが解散することはまったく別の話です。
2024年から2025年のコンサートは変わらず開催されていますし、2025年5月5日には全356曲のサブスク配信も解禁されています。
堂本剛さん自身はテレビへの露出よりも、自身の音楽・アート活動に重点を置いてきた経緯があります。
2002年にはジャニーズ初のシンガーソングライターとして本格的な音楽活動を始め、独自の世界観を持つアーティストとして歩んでいます。
テレビという媒体から距離を置くことは、剛さんにとってむしろ自然な流れとも言えるかもしれません。
一方の堂本光一さんはミュージカル「Endless SHOCK」を長年のライフワークとして続けており、「日本一チケットが取れない舞台」とも呼ばれるほどの人気を誇っています。
2022年には累計1500回公演という金字塔を達成しています。
2人はそれぞれの活動フィールドで確固たる実績を積み上げながら、KinKi Kidsとしての活動も続けています。
テレビのレギュラー番組がないことは、解散の証拠ではなく、活動スタイルの変化として捉えるのが自然ではないでしょうか。
年末恒例の冠特番「堂本兄弟」は2024年の年末にも変わらず放送が予定されており、これを知ったファンは「やっぱり2人は続けてくれる」と安堵したといいます。
レギュラー番組の終了は確かに一つの時代の終わりを告げるものでしたが、それはKinKi Kidsとしての物語の終わりではなく、新しいフェーズへの移行だったということです。
ジャニー喜多川との関係と性◯害問題の逆風
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KinKi Kidsをめぐる「黒い噂」の中でも、特に根が深いのがジャニー喜多川さんとの関係に絡む問題です。
KinKi Kidsの2人はジャニー喜多川さんと非常に密接な関係にありました。
グループ名「KinKi Kids」そのものがジャニー喜多川さんから与えられた名前です。
1997年のデビュー前には「KANZAI BOYA」という別のグループ名が候補に挙がっていましたが、最終的にKinKi Kidsという名前が決定。その命名者こそジャニー喜多川さんでした。
ジャニー喜多川さんが2019年に亡くなった際、2人は「KANZAI BOYA」というタイトルの楽曲を年末に発表しています。
デビュー前のグループ名候補だったKANZAI BOYAにちなんだこの楽曲は、ジャニー喜多川さんへの追悼の意味を込めたもので、2人が深くジャニー氏を敬愛していたことが伝わってきます。
性◯害問題がもたらした逆風
しかしその後、ジャニー喜多川さんによる性◯害問題がメディアで大きく取り沙汰されるようになりました。
2023年に問題が表面化すると、旧ジャニーズ事務所のタレント全員にとって、特にジャニー氏と深い関係にあったKinKi Kidsの2人にとっては大きな逆風となりました。
堂本光一さんは2023年9月の会見でジャニー氏の性◯害問題について正面から向き合い、「鬼畜の所業」と断罪する発言をしています。
これは強い言葉でしたが、それだけ問題の深刻さに真摯に向き合った発言とも受け取れます。
自身の性◯害被害については「被害を受けたことがなく、受けている現場に立ち会ったこともない」と明言しました。
一方、堂本剛さんは長らく沈黙を守り続けました。
ジャニー氏への複雑な感情、後輩たちへの影響、自身の活動への思いが入り混じった末の沈黙だったと考えられています。
レコード会社関係者によれば「剛さんはジャニーさんが亡くなったら事務所を辞めると以前から話していた」とも伝えられており、2024年3月の退所はある意味でその言葉通りの決断でした。
こうした経緯から「KinKi Kidsはジャニー問題でどうなるのか」という不安がファンの間に広がりましたが、結果として2人はそれぞれのスタンスで問題と向き合い、グループとしての活動を継続することを選びました。
堂本剛の突発性難聴と光一が見せた絆
KinKi Kidsの「黒い噂」の文脈で必ず語られるのが、堂本剛さんの突発性難聴です。
これはグループが分裂の危機に瀕した出来事でもあり、同時に2人の絆を世に示したエピソードでもあります。
2017年、堂本剛さんは突発性難聴を発症し、音楽活動を一時休止しました。
突発性難聴とは突然片耳の聴力が著しく低下する病気で、歌手にとっては特に深刻な影響を与えます。
剛さんが療養中、ファンの間では「このままKinKi Kidsとしての活動が再開できないのではないか」という不安が広がりました。
療養中に剛さんは、コンサートの際に堂本光一さんがしきりにフォローに走る姿を見せていました。
2人の関係性について「プライベートではあまり交流がない」「お互いの電話番号を知らない」とも言われていましたが、そんな2人でも、困難のときには支え合う関係であることが伝わってきました。
剛さんの復活と光一さんのコメント
2017年10月、剛さんは「テレビ朝日 ドリームフェスティバル2017」への出演を決め、復活を果たします。
その際に剛さんが発表したメッセージは多くのファンを感動させました。
「音楽の生活と離れている間、ファンの皆様からの励ましの言葉をはじめ、改めて、多くの方々に支えて頂き今の自分があることにたくさんの感謝を学びました。ステージに立たせて頂ける幸せと、歌唱披露ができる喜びを全身で感じたいと思います」
一方の光一さんも「剛くんも、大好きな音楽と距離を置き我慢をし耳の体調を良くすることに専念をしました。僕自身も自分にとってKinKiとはどのような存在だったのか、これまでとそしてこれからを考える大切な時間となりました」とコメントしています。
このエピソードは、2人がプライベートで頻繁に会うわけではなくても、音楽という場所で確固たる絆を持っていることを示しています。
突発性難聴という試練を乗り越えた経験が、「どんな困難があってもKinKi Kidsは続けられる」という自信にもなっているのではないかと思います。
なお、堂本剛さんの突発性難聴は、2019年のジャニー喜多川さんの死去後、精神的に不安定な状況が続いた時期とも重なります。
「客観的に自分をみたとき、かわいそうだなって」「魂はこういうふうに生きたかっただろうなって思うこともある」という悲観的なコメントがファンクラブの会報に掲載され、「解散するのでは」という声が上がったこともありました。
その後も音楽活動を続けている剛さんの現在の姿は、そうした苦境を乗り越えてきた証といえるでしょう。
堂本光一の楽屋ブチキレ事件の真相
黒い噂の文脈でたびたび話題になるのが、堂本光一さんの「ブチキレ」エピソードです。
これは元事務所スタッフが著書『SMAPがいた。僕らがいた』の中で明かしたエピソードで、2001年8月の出来事です。
当時、KinKi Kidsのソロツアーが行われており、大阪・厚生年金会館での公演は堂本光一さんの回でした。
公演後、シャワーを浴びていた光一さんの楽屋に、警備員が「光一のフィアンセ」と名乗る女性を通してしまうという事態が起きます。
入社間もない若手スタッフが対応を誤り、その女性を楽屋の中に入れてしまいました。
バスタオル1枚という状態でシャワーから出てきた光一さんは、ソファに座る見知らぬ女性を見て「誰、これ?」と不審そうに声を上げます。
スタッフが経緯を説明し始めると、光一さんは「バカ野郎!俺がこんなオバちゃんと結婚するわけないだろ!!」と激高。
さらに「普通に考えればわかるだろ。とっとと追い出せ」と珍しくわれを忘れたようにキレまくったということです。
事件の全貌と光一さんの本当の姿
女性は熱狂的なファンが婚約者になりすまして接近を試みたというケースでした。
これはスタッフの判断ミスが招いた出来事ではありますが、光一さんの「ブチキレ」だけがクローズアップされることで「堂本光一は怖い人」という印象が一人歩きしてしまいました。
しかし同書には続きがあります。
怒りが収まった後、光一さんはその若手スタッフに「いろんな人がいるから、女の子の言うことを簡単に信じるな」「普通の価値観で対応するとモメるよ」と優しくレクチャーしたというのです。
アイドルのファンには「大人になってもディズニーランドでミッキーの帽子を本気でかぶっているような一直線な人たちが多い」という例えで、芸能界の特殊な事情を丁寧に説明する姿は、22歳とは思えない冷静さと思いやりを感じさせます。
この一件からわかるのは、激高した光一さんの姿だけを切り取ると「黒い噂」になってしまいますが、全体を通して見れば後輩スタッフへの優しさと教育的な姿勢が伝わるエピソードだということです。
なお、同じ大阪公演では「堂本光一みたい」「KinKiでしょ。別に興味ないわ」という一般客の会話を聞いてしまい、光一さんが「俺もまだまだやな。今日は飲もう!」とビールを追加して自分を盛り上げるというエピソードも明かされています。
22歳の光一さんが芸能界の厳しさを一般人から思い知らされた苦い経験ですが、それだけ人間らしい一面も持つ人だったということがわかります。
キンキキッズの黒い噂を検証してわかった現在地
- FNS歌謡祭での堂本剛の態度が炎上した理由
- 光一ファンと剛ファンの対立が生む誤解
- DOMOTOへの改名が意味すること
- サブスク解禁とキンキキッズの現在の活動
- 二人の絆が証明するキンキキッズの解散はない
FNS歌謡祭での堂本剛の態度が炎上した理由
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KinKi Kidsの不仲疑惑が再燃したのは2024年12月4日のFNS歌謡祭への出演がきっかけでした。
この日の放送で堂本剛さんが「堂本光一さんとほとんど目を合わせない」「背中を向けて歌っている」と指摘され、Xで炎上状態となりました。
実際に話題になったポイントを整理するとこうです。
光一さんは剛さんを見ながら歌っているのに対し、剛さんは光一さんと目を合わせない。歌っている最中、剛さんが光一さんに背中を向けているように見える場面がある。インタビューのやり取りでも剛さんは一定のトーンで短く返すだけで、光一さんの顔を見ない。
これだけ聞くと確かに「不仲なのでは」と思いたくなりますが、コアなファンの反応は違いました。
「いつも通り」「通常運転」「剛くんの照れ隠し」という声が圧倒的だったのです。
ファンには「いつも通り」だったワケ
KinKi Kidsのファンにとって、堂本剛さんの「マイペースで相方を見ない」スタイルはおなじみのもの。
2019年のFNS歌謡祭でも同じような状況が起きており、その頃から「剛さんはああいうスタイル」というのがファンの共通認識になっていました。
10代からずっと一緒に活動してきた2人にとって、目を合わせる・合わせないは不仲のサインではありません。
むしろ家族よりも長い時間を共にしてきたからこそ、わざわざ目を合わせる必要がないほど関係が深いと解釈することもできます。
炎上の火元となったのは主に「KinKi Kidsをよく知らない視聴者」や「光一さんのファン側からの書き込み」と見られており、長年のファンからすると「なんで炎上しているの」という反応が多かったといいます。
表面だけを切り取った情報が拡散されやすいSNS時代ならではの現象といえるかもしれません。
なお、この放送でのやり取りで光一さんが「2人揃ったのも久しぶり」と話していたことも話題になりました。
確かに2人でステージに立つ機会は年々減ってはいますが、だからといって不仲というわけではなく、それぞれの活動スケジュールの問題が大きいようです。
コンサートでは1時間から1時間半もトークを続けるほどの息の合った2人が、普段の活動では別々の道を歩いているというのがKinKi Kidsのスタイルです。
光一ファンと剛ファンの対立が生む誤解
KinKi Kidsをめぐる「黒い噂」の一部は、実は外部の人間が広めているというよりも、ファン同士の内部対立から生まれているケースが少なくありません。
KinKi Kidsはデビュー当初からそれぞれがソロ活動も積極的に行っているグループです。
堂本光一さんはミュージカル「Endless SHOCK」を長年のライフワークとして舞台活動を展開。
堂本剛さんは自身の音楽プロジェクトやソロコンサートツアー、フェスへの参加など、独自の音楽活動を続けています。
双方のファンが生み出す対立構造
この状況に対して、光一さんのファンの一部から「剛はソロになりたがっている」「KinKi Kidsをないがしろにしている」という批判が出ることがあります。
逆に剛さんのファンの一部からは「光一の個人活動がKinKi Kidsとしてのグループ活動を妨げている」という声も上がります。
この対立は2024年の改名をめぐっても続きました。
堂本剛さんがSMILE-UP.を退所し、光一さんがSTARTO ENTERTAINMENTに残留したことで、「どちらが正しい選択をしたか」という議論がファン間で繰り広げられました。
さらに、改名前最後となるYouTube生配信での堂本剛さんの指輪が、妻の百田夏菜子さんとお揃いではないかという指摘から「無神経だ」という批判が出たケースも、音楽関係者の分析によれば「主には光一さんのファンによるもの」と見られています。
これほどの対立が生まれる背景には、それだけKinKi Kidsへの愛着がファンの中で強いことがあります。
どちらのメンバーのファンも「KinKi Kidsを守りたい」という気持ちから行動しているわけで、皮肉なことに、その愛情が「不仲の黒い噂」を生み出す土壌になってしまっているのです。
ただし、両者の愛情ゆえの対立は今に始まった話ではありません。
2人は若い頃から方向性の違いが噂されていましたが、デビュー20周年の2017年には剛さんの突発性難聴という試練を共に乗り越えています。
どちらかのファンがもう一方を批判することは、2人が積み重ねてきた絆に対して失礼な行為かもしれません。
ファン同士の対立がなくなり、2人の音楽と活動そのものをただ純粋に楽しめる環境が整ってほしいと思います。
DOMOTOへの改名が意味すること
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2024年12月31日の年末ライブで電撃発表され、2025年7月22日に正式に適用されたDOMOTOへの改名。
この決断は、KinKi Kidsの「黒い噂」とどのような関係があるのでしょうか。
改名の理由は明確です。
「KinKi Kids」という名前はジャニー喜多川さんから命名してもらった名前であり、性◯害問題が明らかになった今、その名前を使い続けることへの違和感があった。
2人はジャニー喜多川さんへの「恩」は感じながらも、性◯害問題は決して許されないことだとの認識のもと、決別の意志を示す形で改名を選択したとされています。
なぜ2023年ではなく2025年だったのか
改名のタイミングがなぜ2023年ではなかったのかについては、「KinKi Kidsが改名すると他のグループまで改名しなければならないという圧力を与えてしまう」という後輩グループへの配慮があったとも言われています。
当時、直接「ジャニーズ」という名前が入っていたグループが先に改名しており、影響力の強いKinKi Kidsの改名はそれとは別のタイミングでなされたことに意味がありました。
新しいグループ名「DOMOTO」は、2人の共通の苗字「堂本」に由来しています。
ジャニー喜多川さんがつけた名前ではなく、2人自身の姓から取った名前への変更は、自分たちの力で歩んでいくという宣言とも受け取れます。
改名候補には「堂本兄弟」「KANSAI BOYA」「キンキ」なども挙がっていましたが、最終的にシンプルで馴染みある「DOMOTO」が選ばれました。
グループ名が変わっても、歌う曲は変わらないし、2人が届ける音楽の本質も変わらない──それがDOMOTOへの改名が伝えるメッセージです。
「KinKi Kids」という名前にまつわる「黒い噂」のいくつかは、改名によって形式上は解消されましたが、大切なのはグループの中身が変わらないということです。
28年間積み上げてきた楽曲と思い出は、グループ名がDOMOTOになっても消えることはありません。
2025年5月5日、DOMOTOへの改名発表後、KinKi Kids名義の全356曲がサブスクで配信解禁されました。
5月5日という日付は光一さんと剛さんが出会った記念日とされており、改名前の最後の大仕事として全楽曲を一般公開するという粋な演出でした。
ファンからは「名前が変わっても音楽は永遠に残る」という感動の声が上がっています。
サブスク解禁とキンキキッズの現在の活動
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2025年5月5日、KinKi Kidsのシングル全47タイトル、アルバム22タイトル、計356曲がサブスクリプション配信とダウンロード配信で解禁されました。
旧ジャニーズ事務所の時代は事務所の方針でCD販売を優先し、音楽配信とは距離を置いていましたが、STARTO ENTERTAINMENTの始動以降、多くのグループが配信を解禁する流れの中でKinKi Kidsも満を持してサブスク解禁となりました。
配信開始日の5月5日は、光一さんと剛さんが出会ったとされる日にちなんでおり、ファンにとっても感慨深い日付での解禁となっています。
「硝子の少年」「愛のかたまり」「フラワー」など、世代を超えて愛される名曲が手軽に聴けるようになったことで、Xでは新旧ファンから喜びの声が溢れました。
サブスク未解禁グループとの対比
一方、SMAP・TOKIO・V6・KAT-TUNはいまだサブスク未解禁のままであり、KinKi Kidsの解禁はそれらのグループのファンから羨望の眼差しを向けられる存在にもなっています。
未解禁4グループについては、メンバー間の権利問題や不祥事の影響で「絶望的」との見方もあります。
その点でKinKi Kidsがスムーズに解禁できたのは、グループとして大きなスキャンダルなく活動を続けてきた結果ともいえます。
現在の活動について整理すると、堂本光一さんはSTARTO ENTERTAINMENTに所属しながらミュージカルなどの活動を継続。
堂本剛さんは独立後もコンサート活動やソロの音楽活動を展開しています。
2人が共同でDOMOTOとしての活動を行うタイミングは限られていますが、それが不仲や解散の証拠ではなく、それぞれが充実した個人活動を持っているからこそ生まれるサイクルです。
2025年7月22日にはグループ名がDOMOTOへと改められ、新章のスタートを切っています。
「KinKi Kids」から「DOMOTO」へ。名前は変わりましたが、2人が奏でる音楽への情熱と、ファンへの感謝の気持ちは変わりません。
二人の絆が証明するキンキキッズの解散はない
KinKi Kidsをめぐる様々な「黒い噂」を検証してきましたが、最終的に見えてくるのは「解散はない」という現実です。
その根拠を改めて整理してみましょう。
まず数字が雄弁に語っています。1997年のデビューからシングル47作連続でオリコンシングルランキング初登場1位という記録は、前人未到の金字塔です。
2019年には「KANZAI BOYA」でデビュー22周年を迎え、2022年には紅白歌合戦への2度目の出場を果たし、2025年でデビュー28年目を迎えました。
2人は早い頃から方向性の違いが噂され、プライベートではほとんど交流がないとも言われてきました。
それでもKinKi Kidsが続いているのは、2人が「KinKi Kidsという場所」を大切にしているからです。
堂本光一さんはかつてインタビューで「KinKi Kidsとしての活動は僕たちにとって大切なものであり、ファンの皆さんのためにも続けていきたい」と語っています。
2人の絆を象徴するエピソード群
2人の絆を象徴するエピソードは数多くあります。
2017年の剛さんの突発性難聴の際には光一さんがステージでフォローし続けた。コンサートでは1時間以上の長尺トークを2人で展開する。別々の事務所に所属することになった後も、DOMOTOとしてコンサートを開催している。
「黒い噂」が生まれる理由のひとつに「ファンがKinKi Kidsを大切に思うからこそ、その終わりを恐れる」という心理があります。
解散したらどうしよう、不仲だったら嫌だ、という不安が、些細な情報でも「解散の予兆では?」と反応させてしまうのです。
KinKi Kidsのコンサートのたびに数万人のファンが集まり、楽曲のサブスク解禁で何万回もの再生数が記録される現実を見れば、2人の音楽が現在も必要とされていることは明白です。
黒い噂が消えないのは、それだけKinKi Kidsへの注目が高いということの裏返しでもあります。
堂本剛さんが2024年の年末に堂本光一さんとともに改名発表を行い、DOMOTOとして新たなスタートを切ったこと自体が、最大の「解散はない」という証明です。
事務所が違っても、グループ名が変わっても、2人は確かにそこにいる。それだけで十分ではないでしょうか。
キンキキッズの黒い噂が消えないのは愛ゆえ
- グループ名「KinKi Kids」の「Kinki」は英語で変態の意味に似た発音であり、英語圏での活動の障壁になっていた
- 日本語では「禁忌」と当て字でき、ジャニー喜多川さんの性◯害問題発覚後はより深刻な問題として捉えられた
- グループ名の問題は2025年7月22日のDOMOTOへの改名で一区切りを迎えた
- 解散説の一因となった堂本剛のSMILE-UP.退所は2024年3月、光一はSTARTO ENTERTAINMENTに残留
- 退所後も2人はDOMOTOとしてのコンサートを開催しグループ活動を継続
- レギュラー番組「KinKi Kidsのブンブブーン」は2024年3月に終了したが解散とは無関係
- 堂本光一はジャニー喜多川の性◯害問題を「鬼畜の所業」と断罪し、自身の被害は否定
- 堂本剛はジャニー氏に命名された名前への決別としてDOMOTO改名を選んだ
- 2017年の突発性難聴という試練を2人は共に乗り越え、絆を世に示した
- FNS歌謡祭での剛の「ソッポ向き」炎上はファンにとってはいつも通りの通常運転だった
- 光一ファンと剛ファンの対立がKinKi Kidsの不仲説を増幅させている面がある
- 堂本光一の楽屋ブチキレ事件は全体を見れば後輩スタッフへの教育的なエピソードだった
- 2025年5月5日にKinKi Kids名義の全356曲がサブスク解禁された
- SMAP・TOKIO・V6・KAT-TUNが未解禁の中でのサブスク解禁はスキャンダルなき継続の証
- 黒い噂が絶えないのはキンキキッズへの関心の高さと愛情の表れである
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