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キングスレイ・コマンさんのプレースタイルについて、気になっている方は多いのではないでしょうか。
フランス代表として活躍し、バイエルン・ミュンヘンで約10年にわたって主力を務めた世界屈指のウイングプレイヤーとして知られるコマンさんですが、その特徴はひと言で言えば「爆発的スピードと高い技術の融合」です。
2025年夏からはサウジアラビアのアル・ナスルに移籍し、クリスティアーノ・ロナウドさんやジョアン・フェリックスさんと同じチームで新たなステージに挑んでいます。
この記事では、コマンさんのプレースタイルの核心から、キャリアの歩み、怪我との戦い、そしてアル・ナスルでの現在まで詳しく整理していきます。
記事のポイント
①:爆発的スピードと巧みなドリブルで左右両サイドを自在に突破できる
②:バイエルンで公式戦339試合72得点71アシスト、ブンデスリーガ9連覇に貢献
③:2019-20シーズンCL決勝でリスボンにて決勝ゴールを決めた立役者
④:2025年夏に移籍金約51億円でアル・ナスルに加入し現在も活躍中
キングスレイ・コマンのプレースタイル|特徴と強み
- コマンのプレースタイルの核心|スピードと足元
- ドリブル突破力|相手を置き去りにする加速
- シュート力と決定力|時速124kmの強烈な一撃
- ポジション適応力|右から左ウイングバックまで
- フランス代表でのコマンの役割とプレー
コマンのプレースタイルの核心|スピードと足元
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キングスレイ・コマンさんのプレースタイルを語る上で、まず外せないのが「爆発的スピードと優れた足元のテクニックの融合」という核心部分です。
世界トップクラスのスプリント速度
コマンさんのスピードは、欧州トップリーグでも屈指の水準にあります。
バイエルン・ミュンヘン在籍時、スポルティーバによる戦術分析では「右サイドに開いているコマン、左のデイビス。こ(うした選手の)単純なスピードがあり、スプリントを連続させるスタミナもある」と評されており、単なる速さだけでなくスタミナを伴ったスプリント能力が高く評価されていました。
ナーゲルスマン監督体制のバイエルンでは、コマンさんは右ウイングとしてサイドに張る役割を担い、相手の左サイドバックを1対1で仕掛ける場面が多く見られました。
左のサネさんがインサイドに入ってライン間でプレーするのに対し、コマンさんは基本的にタッチライン際に広がりスペースを作る。この左右のバランスがナーゲルスマン戦術の核心でした。
足元の技術と緩急の使い分け
スピードだけが武器ではありません。
コマンさんはドリブル時の緩急の付け方が非常に巧みで、一瞬でギアを上げる加速力と、相手の重心を外すフェイントを組み合わせることで、世界トップレベルのDFでも対応が難しい突破を可能にしています。
バイエルン時代にはよく「スペースを与えると厄介極まりないサイドアタッカー」と評されていました。
これはスペースを見つける認知能力の高さと、見つけた瞬間に最大速度で加速できる反応速度の良さが組み合わさった結果です。
ユベントス時代にバイエルンへの移籍を決断した際、コマンさん自身もこう語っています。「バイエルンは、僕のプレースタイルに合うクラブだ。リーグ戦はイタリアよりも力が均衡しているし、ゴール数も多い。それが僕にとってはより重要だ」
このコメントは、自身が攻撃的な役割でゴール・アシストに直結する形でプレーすることを最優先に考えていることを示しています。
右足と左足の両用性
コマンさんは利き足が右足でありながら、左ウイングでも右ウイングでも高いパフォーマンスを発揮できます。
左ウイングで使われた際は右足でカットインしてシュートへ持ち込むパターンが得意で、右ウイングではタッチライン際でボールを受けてクロスや縦突破を選択する。この両面性が戦術の幅を大きく広げています。
イーフットボールのゲームデータでも「逆足頻度:高い、逆足精度:高い」と評価されており、実際のプレーでもその両足使いが発揮されています。
また、バイエルン時代の後半からは左ウイングバックとしても起用され、守備への貢献も求められる場面が増えました。これに適応できたのも、テクニックだけでなく戦術理解の高さがあるからこそです。
ドリブル突破力|相手を置き去りにする加速
ここ、かなり気になるポイントだと思います。コマンさんのドリブル突破のメカニズムについて掘り下げてみましょう。
1対1での圧倒的優位性
コマンさんの最大の武器のひとつが、対人での1対1突破の強さです。
バイエルン時代のナーゲルスマン監督体制では、右ウイングのコマンさんに対してCBからの「あっけないほど早いタイミングで通る」縦パスが供給されていました。これが成立する理由は、コマンさんが相手DFとのデュエルで圧倒的な優位性を持っているからです。
一瞬でトップスピードに達するファーストタッチからのダッシュは、世界の名DFたちも対応を苦労するほどです。バイエルンのスポーツ・ディレクターを務めたマティアス・ザマー氏も「彼にはスピードがあり、高い俊敏性、テクニック、そしてインテリジェンスを兼ね備えている」と評しています。
アルナスルでのドリブル統計が示す実力
2025-26シーズン、アル・ナスル加入後のドリブル統計からも、その能力の高さが数字で確認できます。
サウジ・プロフェッショナルリーグで25試合出場し、90分あたり0.71ゴール関与(7ゴール+10アシスト=17関与)という数字を記録。特にキーパスは1試合平均2.48本に達しており、ゴールに絡む場面を継続的に作り続けています。
xA(アシスト期待値)は90分あたり0.40で、これはサウジ・プロフェッショナルリーグ出場選手の上位98%以上に位置するというデータが示されており、ドリブルからのチャンス創出力がいかに高いかが分かります。
縦への仕掛けとカットインの使い分け
コマンさんのドリブルのもうひとつの特徴が、縦突破とカットインの使い分けです。
右ウイングとして起用された際は縦に仕掛けてクロスを上げる場面が多く、左ウイングではカットインからシュートへ持ち込む。このパターンの使い分けができることで、DFは対応の予測が難しくなります。
対して、利き足に合わせた縦突破ではコマンさんの爆発的加速が最大限に発揮される場面があります。特にスペースがある状況での縦突破では、追いつける守備選手はほとんどいないとも言われるほどの速さを誇ります。
シュート力と決定力|時速124kmの強烈な一撃
コマンさんのシュートについて、知っておきたいデータがあります。
時速124kmのシュートスピード
コマンさんのシュートで最もよく知られているのが、計測された時速124kmという数値です。
これはサッカー選手のシュート速度として世界トップクラスに位置するもので、強烈なシュートパワーを持ちながらも正確なコントロールを合わせ持つことがコマンさんの特徴です。
2019-20シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ決勝(リスボン)でパリ・サンジェルマン戦に臨んだバイエルン・ミュンヘンは、コマンさんの1-0の決勝ゴールで優勝を果たしました。
この試合でのゴールは、まさにコマンさんのプレースタイルを象徴する一撃と言えます。
アル・ナスルでの得点データ
アル・ナスルでの2025-26シーズン成績を見ると、コマンさんのシュート精度は38.89%というデータが示されています。
25試合で合計72本のシュートを放ち、そのうち28本が枠内に飛び込んでいます。90分あたりのシュート数は3.03本で、1ゴールあたりのシュート数は10.29本という数字です。
これはストライカーとしてではなく、ウイングとしてのデータであることを考えると、非常に高い数値と言えます。
また、ゴール期待値(xG)は90分あたり0.43と高水準で、シュート選択の精度の高さも伺えます。
コントロールカーブシュートの技術
コマンさんが得意とするシュートのひとつが、カーブをかけたコントロールシュートです。
イーフットボールのスキルデータでも「コントロールカーブ」がシュート系スキルとして記録されており、これは実際のプレーでも見られる特徴です。
右足でのカットインシュートや、スペースを見つけた際の遠目からのシュートなど、状況に応じてシュートの種類を使い分ける技術の高さがコマンさんの得点力を支えています。
また、コマンさんがバイエルンへの移籍を決めた際にスポーツ・ディレクターのザマー氏は「彼にはスピードがあり、高い俊敏性、テクニック、そしてインテリジェンスを兼ね備えている」と評しており、シュートだけでなく総合的な攻撃力が高く評価されていました。
攻撃的なプレースタイルが自分に合っていると語るコマンさんにとって、得点・アシストに直結するポジションでシュートを含む多様な局面に関わることが、パフォーマンスを引き出す鍵となっています。
ポジション適応力|右から左ウイングバックまで
コマンさんのプレースタイルを語る上で、ポジションの柔軟性も重要なテーマです。
メインポジションは左ウイング
コマンさんのメインポジションは左ウイング(LW)ですが、キャリアを通じて右ウイングやウイングバックでも活躍してきました。
バイエルンでは長らく右ウイングとしてプレーし、左のサネさんとの分業体制を形成していました。2020-21シーズン以降は左ウイングバックとしての起用も増え、守備への関与も求められるようになりました。
アル・ナスルでは、リヴァプールから加入したルイス・ディアスさんと同じポジション(左ウイング)を主戦場としており、チームの攻撃の核として機能しています。
バイエルン時代の戦術的役割
ナーゲルスマン監督のバイエルンにおけるコマンさんの役割について、専門メディアの分析が詳しく伝えています。
「右はキングスレイ・コマンがサイドに張っていて、右SBのバンジャマン・パバールはサポートにつく程度でそれほど上がってこない」という右サイドの構造は、コマンさんを孤立させず、ボールを受けたら1対1で仕掛けることを前提とした設計でした。
これはコマンさんの対人突破力を最大限に活かすための配置と言えます。
守備貢献とユーティリティ性
コマンさんは守備面でも継続的に貢献しています。
バイエルン時代の後半には左ウイングバックとしても起用され、守備への関与が増えました。この経験がコマンさんの戦術理解をさらに深め、より多様な役割をこなせる選手へと成長させた一因となっています。
アル・ナスルでの2025-26シーズンでは90分あたり0.76回のファウルを受けており、積極的に前線からプレッシャーをかけることでボール奪取の起点となる場面も見られます。
サカつくRTWのゲームデータでも「カット・イン系統」としての能力が高く評価されており、ドリブルで内側に切れ込む動きが代表的なパターンであることが分かります。
また、バイエルン時代の戦術分析でも「攻撃時のフォーメーションは、パバールとCB2人の3バック、その前にアンカー1人、ライン間に3人、ウイング2人、CF1人」という形の中で右ウイングを担うコマンさんが攻撃の起点として機能していたことが伝えられています。このような多様な戦術システムへの適応力こそ、コマンさんの最大の強みのひとつです。
フランス代表でのコマンの役割とプレー
コマンさんはフランス代表でも重要な役割を担ってきました。
A代表デビューから主力へ
コマンさんのフランスA代表デビューは2015年11月のドイツとの親善試合(2-0勝利)でした。
それ以降、各種大会にコンスタントに招集され、代表チームにおける存在感を高めていきます。
ユースカテゴリー(U16〜U21)でも活躍しており、フランスのサッカー育成システムの中で早くから将来のスター候補として注目されていました。
EURO 2016と2022年カタールW杯
フランス代表での主要な活躍としては、まずEURO 2016(準優勝)での全6試合出場が挙げられます。
コマンさん自身も「ベシクタシュ・スタジアムは、これまでプレーした中で最も騒がしかった。そして、マルセイユのヴェロドロームで、ユーロ2016の準決勝でドイツと対戦する代表チームの雰囲気はクレイジーでした」と当時を振り返っています。
2022年カタールW杯(準優勝)では決勝のアルゼンチン戦で途中出場しましたが、延長PK戦(2-4敗戦)でPKを失敗したことが大きな批判を浴びることになりました。
ただし、大会全体を通じての貢献度は高く、準優勝という好成績に確かな役割を果たしています。
代表での背番号と主戦場
フランス代表でのコマンさんは、主に7番、11番、20番といった番号を着用してきました。
代表チームでのプレースタイルは、クラブと同様にサイドから仕掛けてゴールに絡む形が基本です。EURO 2020(ベスト16)でも出場を果たしており、2018年のロシアW杯は怪我で出場できなかったものの、フランス代表の主要ウイングとして長年活躍してきた実績があります。
コマンさんは年代別の代表チームでもU16、U17、U18、U19、U21と各カテゴリーで名を連ねており、フランスの育成プログラムを通じて丁寧に成長を重ねてきたことが分かります。
フランス代表においてエムバペさんやデンベレさんといった世界トップクラスの選手と同じポジションで競争しながらも、ユーロ2016の全6試合出場やワールドカップ準優勝への貢献を果たしてきたコマンさんの代表での実績は、フランス代表の黄金期を支えた重要な柱のひとつです。
キングスレイ・コマンのプレースタイルを育てた経歴
- コマンのプロフィール|パリ生まれの天才アタッカー
- PSGからユヴェントスへ|プレースタイル形成期
- バイエルンの10年|実績と成長の軌跡
- 怪我との戦いと復活劇|鋼のメンタル
- アル・ナスル移籍後の活躍と現在のプレー
コマンのプロフィール|パリ生まれの天才アタッカー
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まず、コマンさんの基本プロフィールを表で確認しておきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | Kingsley Coman |
| 生年月日 | 1996年6月13日 |
| 2026年04月20日現在の年齢 | 29歳 |
| 出身地 | フランス・パリ |
| 身長 | 179cm |
| 体重 | 75kg |
| ポジション | FW(左ウイング・右ウイング) |
| 利き足 | 右足 |
| 国籍 | フランス |
| 現所属 | アル・ナスルFC(サウジアラビア) |
| 背番号(現在) | 21 |
10歳でU14に挑んだ天才
コマンさんは1996年6月13日にフランス・パリで生まれました。
サッカーのキャリアは2002年、USセナールモワシーでスタートします。その後、2004年にわずか8歳でパリ・サンジェルマンの下部組織の目に留まり、入団を果たします。
そして10歳の時点ですでにU14のチームでプレーするほどの才能を発揮しており、当時からその能力は突出していたと伝えられています。
小さい頃から年上の子どもたちと対等以上に戦える技術とフィジカルを持っていたことが、後の爆発的な成長を予感させるエピソードです。
背番号の歴史
コマンさんの背番号の変遷を振り返ると、その成長の軌跡が見えてきます。
| クラブ | シーズン | 背番号 |
|---|---|---|
| パリ・サンジェルマン | 2012-14 | 33番→38番 |
| ユヴェントス | 2014-16 | 11番 |
| バイエルン・ミュンヘン | 2015-21 | 29番 |
| バイエルン・ミュンヘン | 2021-25 | 11番 |
| アル・ナスルFC | 2025- | 21番 |
バイエルンでは2021年に「29番」から「11番」へ変更されており、これはエース番号として認められた証といえます。
コマンさんの年俸推移
コマンさんの年俸推移は、キャリアの成功をそのまま反映しています。
| 年 | 推定年俸 | 所属 |
|---|---|---|
| 2014年 | 約1.7億円 | ユヴェントス |
| 2016年 | 約2億円 | バイエルン(初期) |
| 2019年 | 約11.5億円 | バイエルン |
| 2022年 | 約21.4億円 | バイエルン |
| 2025年(アル・ナスル) | 約34〜43億円 | アル・ナスル |
バイエルン入団直後の約2億円から、2022年には約21.4億円と約10倍に成長。アル・ナスルでは年俸2000〜2500万ユーロ(約34億〜43億円)とされており、欧州トップクラブ水準を大きく上回る高待遇での新天地入りとなっています。
キングスレイ・コマンさんというプレイヤーがいかに世界的な評価を受けているかが、この数字から明確に読み取れます。
PSGからユヴェントスへ|プレースタイル形成期
コマンさんのプレースタイルは、PSG時代とユヴェントス時代という「修業期間」を経て形成されました。
PSGでのクラブ最年少デビュー
コマンさんのプロキャリアのスタートは2013年2月のソショー戦(2-3敗戦)でした。
この試合でコマンさんは16歳249日でのデビューを飾り、クラブ史上最年少デビュー記録を更新します。それまでの記録はニコラ・アネルカさんが持っていた記録で、18年前の記録を塗り替えたことになります。
当時の監督はカルロ・アンチェロッティさんで、若き才能の開花を後押しする役割を担いました。その後のローランブラン監督体制でも継続してチームに帯同し、2012-13、2013-14シーズンのリーグ優勝を経験しています。
ただし、PSGでのトップチームへの定着は難しく、公式戦出場は4試合(2012-13は1試合、2013-14は2試合)にとどまりました。
ユヴェントスへの移籍と挑戦
2014年7月、コマンさんはフリートランスファーでユヴェントスへ移籍します。5年契約でのビッグクラブ移籍でした。
プレシーズンでの好調が買われ、キエーボとの開幕戦(1-0勝利)でスタメン抜擢を受けます。これはクラブの外国人最年少デビューとなり、「第2のポグバ」として注目を集めました。
| シーズン | 出場試合数 | 得点 | 主な実績 |
|---|---|---|---|
| 2014-15(ユヴェントス) | 14試合 | 0得点 | リーグ4連覇・イタリア杯優勝の2冠 |
| 2015-16(ユヴェントス) | 1試合 | 0得点 | バイエルンへレンタル移籍 |
ただし、テベスさん、ジョレンテさん、モラタさんといった欧州トップレベルのFW陣との熾烈なレギュラー争いが続き、スタメン定着は果たせませんでした。
この経験が「出場機会を求めて環境を変える」という判断の原動力となり、バイエルンへのレンタル移籍につながります。
ユヴェントスからバイエルンへ
ユヴェントスとバイエルンの関係について、面白いエピソードがあります。
ユヴェントス元ストライカーのダビド・トレゼゲさんは「それは彼らの最大の過ちだった」と語っており、コマンさんのバイエルンへの放出を後悔する言葉を残しています。
これは後に発言の通りになります。コマンさんはバイエルンで輝かしいキャリアを築き、ユヴェントスはその逸材を手放してしまったことになったからです。
バイエルンの10年|実績と成長の軌跡
2015年8月から始まったバイエルン・ミュンヘンでの約10年間は、コマンさんのキャリアの中心となる黄金期です。
レンタルから完全移籍へ
コマンさんは2015年8月、セリエAのユヴェントスでの1試合出場後、バイエルンへ2年間のレンタルで加入しました。レンタル料は約9億5000万円、買取オプション付きという条件でした。
加入直後から、フリック監督(当時)の前任であるペップ・グアルディオラ監督(当時)の信頼を得てレギュラー出場を果たします。
「レギュラーとしてここまでプレーすることになるとはまったく想像していませんでした」とコマンさん自身も語っており、最初は出場機会を求めてのレンタルであったことが分かります。
2017年4月28日にバイエルンが買取オプションを行使し、移籍金約28億6000万円での完全移籍が決定します。
バイエルンでのリーグ戦成績
| シーズン | 出場 | 得点 | 主な実績 |
|---|---|---|---|
| 2015-16 | 23試合 | 4得点 | ブンデスリーガ優勝・DFB杯優勝 |
| 2016-17 | 19試合 | 2得点 | ブンデスリーガ優勝 |
| 2017-18 | 21試合 | 3得点 | ブンデスリーガ優勝 |
| 2018-19 | 21試合 | 6得点 | ブンデスリーガ優勝 |
| 2019-20 | 24試合 | 4得点 | CL優勝(決勝ゴール) |
| 2020-21 | 29試合 | 5得点 | ブンデスリーガ優勝 |
| 2021-22 | 21試合 | 6得点 | ブンデスリーガ優勝・史上初10連覇 |
| 2022-23 | 24試合 | 8得点 | ブンデスリーガ優勝(キャリアハイ) |
| 2023-24 | 17試合 | 3得点 | 出場機会減少 |
| 2024-25 | 28試合 | 5得点 | アル・ナスル移籍前最後のシーズン |
バイエルン在籍10シーズンで、公式戦通算339試合・72得点・71アシストという圧倒的な記録を残しました。ブンデスリーガ9回優勝、CL優勝、DFBカップ3回、スーパーカップ6回という輝かしい実績です。
2019-20シーズンのCL優勝決勝ゴール
コマンさんのバイエルン時代の最大のハイライトは、2019-20シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ優勝です。
リスボンで行われたPSG(パリ・サンジェルマン)との決勝戦、コマンさんが決めた1-0の決勝ゴールがバイエルンに優勝をもたらしました。PSGの下部組織出身であるコマンさんが、元クラブを相手に決勝ゴールを決めるという、ドラマチックな展開でした。
コマンさん自身もバイエルンへの別れのメッセージで「何よりも、リスボンで行われた2020年のチャンピオンズリーグ決勝で決勝点を決めた瞬間だ」と触れており、この一瞬が自身のキャリアの象徴的な場面であることを認めています。
怪我との戦いと復活劇|鋼のメンタル
コマンさんのキャリアは華々しい実績だけでなく、度重なる怪我との戦いの歴史でもあります。
バイエルン時代の度重なる怪我
コマンさんはバイエルン在籍中に複数回の大きな怪我を経験しています。
特に靭帯損傷などの重傷を含む怪我により、シーズン途中での離脱を余儀なくされた時期が複数ありました。バイエルン時代の前半では「度重なる大ケガの影響で(リベリーさんやロッベンさん退団後も)スタメン定着が難しい時期が続いた」と伝えられています。
ニコ・コバチ監督やハンジ・フリック監督時代にも信頼獲得に苦労した時期があったとされています。
ナーゲルスマン監督との信頼関係で復活
転機となったのがユリアン・ナーゲルスマン監督との出会いです。
コマンさんはナーゲルスマン監督体制でようやく不動のスタメンを確保し、2022-23シーズンにはキャリアハイとなるリーグ8得点を記録。さらにクロス数チーム内2位という守備貢献も見せました。
怪我で苦しんだ時期も「腐らず鍛錬を磨く」姿勢を崩さなかったことが、この復活劇を生んだと言えます。
コマンさんはバイエルンのウィンターブレイクのインタビューで「バッテリーを充電することができますし、強さを蓄えることができる」と語っており、メンタルとフィジカルの管理を大切にしていることが伺えます。
経験則からくる怪我予防と自己管理
多くの怪我を経験したコマンさんは、自己管理の面でも成長を遂げています。
アル・ナスルでの2025-26シーズンでは25試合に出場し、怪我による長期離脱なく安定したパフォーマンスを維持していることがデータからも確認できます。
バイエルンを離れて新しい環境に移ったことが、フィジカル面のリフレッシュにもつながっているのかもしれません。
コマンさんはウィンターブレイクについてのインタビューで「バッテリーを充電することができますし、強さを蓄えることができる。この休暇は私にとって非常に良いものでした」と語っており、休養の重要性を十分に理解した選手です。
シーズンを通じて体を管理しながら高いパフォーマンスを発揮する能力が、今のアル・ナスルでのコンスタントな活躍につながっていると言えるでしょう。
アル・ナスル移籍後の活躍と現在のプレー
2025年夏、コマンさんはバイエルンからサウジアラビアのアル・ナスルへ移籍しました。
移籍の経緯と背景
コマンさんの移籍について、『レキップ』が伝えたインタビューで本人が語っています。
「完全に理解しています、僕自身も驚いた(笑)。移籍市場の初めには、頭の中ではバイエルンでもう1シーズンプレーするつもりだった。5日間で移籍が完了した。メリットとデメリットを検討し、それが最善の解決策だと感じた」
イングランドやスペインのクラブからもアプローチがあったとされていますが、最終的にアル・ナスルを選択。移籍金はファブリツィオ・ロマーノ氏の報告で3000万ユーロ(約51億円)、年俸は2000〜2500万ユーロ(約34〜43億円)、2028年6月までの3年契約です。
バイエルンへの別れについてはインスタグラムで「19歳で初めてミュンヘンを故郷にしてから、もう10年近く経ったなんて信じられない」と感謝の言葉を綴っています。
元フランス代表のビセンテ・リザラズさんは「スポーツ上の理由でサウジアラビアに行くなんて、誰も私を納得させられない。あそこは成長できるリーグじゃない。彼はヨーロッパの主要リーグ、例えばイングランドでプレーできたはずだ」と非難しましたが、コマンさんはこれに対してメリットとデメリットを慎重に検討した上での決断だったことを明かしています。
アル・ナスルでの現在の成績
2025-26シーズンのアル・ナスルでのコマンさんは、驚くべきパフォーマンスを見せています。
| データ項目 | 数値 | リーグ内順位 |
|---|---|---|
| 出場試合数 | 25試合 | — |
| ゴール数 | 7ゴール | — |
| アシスト数 | 10アシスト | — |
| ゴール関与 | 17(90分あたり0.71) | — |
| xA(アシスト期待値) | 90分あたり0.40 | 上位98%以上 |
| キーパス | 1試合平均2.48本 | — |
| シュート精度 | 38.89% | — |
クリスティアーノ・ロナウドさんやジョアン・フェリックスさんと同じチームで、コマンさんはチームの左サイドを担いつつ、圧倒的なアシスト数でゴールを量産する原動力となっています。
FIFAクラブW杯2025での活躍
コマンさんはバイエルン・ミュンヘン所属時代の最後のシーズン末にFIFAクラブワールドカップ2025に出場しました。
2025年6月16日のオークランド・シティ戦(10-0勝利)で先発出場し2ゴールを記録。6月21日のボカ・ジュニオールス戦(2-1勝利)でも先発して2アシストを挙げるなど、チームの決勝トーナメント進出に貢献しました。
このクラブW杯が、コマンさんとバイエルンの最後の共闘となり、その後アル・ナスルへの移籍が発表されました。
キングスレイ・コマンのプレースタイルの総まとめ
- 1996年6月13日、フランス・パリ生まれの29歳のウイングプレイヤー
- 爆発的スピードと優れた足元のテクニックが融合したプレースタイルが最大の特徴
- 時速124kmを記録した強烈なシュートを持つFW
- PSGで16歳249日のクラブ史上最年少デビューを飾った生粋の天才
- 2002年USセナールモワシーでキャリアをスタートし2004年PSG下部組織へ
- バイエルン移籍の決断理由は「僕のプレースタイルに合うクラブ」と本人が語った
- バイエルン公式戦339試合72得点71アシスト、ブンデスリーガ9回優勝の立役者
- 2019-20シーズンCL決勝でPSG相手に決勝ゴールを決めた象徴的な一瞬
- 右ウイング・左ウイング・ウイングバックと複数ポジションをこなすユーティリティ性
- 度重なる怪我を乗り越えナーゲルスマン監督体制でキャリアハイの8得点を達成
- 2025年夏に移籍金約51億円でアル・ナスルへ移籍、年俸は推定34〜43億円
- アル・ナスルで25試合7得点10アシスト、xAはリーグ上位98%以上の高水準
- フランス代表でEURO 2016(準優勝)、2022年W杯(準優勝)に貢献
- C・ロナウドさんやジョアン・フェリックスさんと同チームで現在も活躍中
- コマンさんのプレースタイルは今後のアル・ナスルでもさらに進化する可能性が高い
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