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楽天ゴールデンイーグルスの守護神として2026年WBCにも追加招集された藤平尚真さんですが、そのルーツを辿ると家族の深い愛情が見えてきます。特に母・直美(なおみ)さんへの感謝の気持ちは、節目ごとのインタビューやSNSで何度も語られており、ファンの間でも話題になっていますよ。
藤平さんの母・直美さんは、千葉県君津市で美容室「縁(えん)」を経営しているプロの美容師さん。プロ野球選手になるまでずっと息子の髪を切り続けたという微笑ましいエピソードや、見返りを求めずに人に与え続けるという人柄まで、実はとても深い人物像があるんです。
この記事では、藤平尚真さんの母・直美さんをはじめ、焼き鳥店を経営する父・武美(たけみ)さん、少年時代に野球を指導した祖父との関係など、藤平さんの家族全体の素顔に迫ります。
記事のポイント
①:母・直美さんは君津の美容室「縁」を営む陽キャ美容師
②:プロ入りまで専属美容師として息子の髪を切り続けた
③:父・武美さんはししまるを経営する36年の料理職人
④:2026年に第一子誕生!自ら父親となった藤平尚真
藤平尚真の母・直美さんの素顔と美容室「縁」の物語
- 藤平尚真さんのプロフィールと家族構成
- 母・直美さんのプロフィールと「ザ陽キャ」な素顔
- 美容室「縁(えん)」とは?店名に込められた思い
- プロ入りまで息子の髪を切り続けた母の深い愛情
- 「野球より人として成長しなさい」藤平尚真の人格を形成した母の言葉
- 父・武美さんが経営する焼き鳥店「ししまる」の詳細
藤平尚真のプロフィールと家族構成
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藤平尚真さんは1998年9月21日に千葉県君津市で生まれた、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属する右投げの本格派投手です。2026年02月27日現在の年齢は27歳で、プロ野球界では実力派リリーバーとして確固たる地位を築いていますよ。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 藤平尚真(ふじひら しょうま) |
| 生年月日 | 1998年9月21日 |
| 年齢 | 27歳(2026年02月27日現在) |
| 出身地 | 千葉県君津市 |
| 出身校 | 横浜高校 |
| 所属 | 東北楽天ゴールデンイーグルス |
| ドラフト | 2016年ドラフト1位 |
| 投打 | 右投右打 |
家族構成はシンプルで、父・武美(たけみ)さん、母・直美(なおみ)さん、そして藤平尚真さんの3人家族です。兄弟はおらず一人っ子として育てられていますが、その分だけ両親と祖父母からの愛情を一身に受けて成長してきた選手なんです。
藤平さんはドラフト会議の直後に「家族というのは、一番支えてもらった方なので、一番最初に家族の顔が浮かんできました」と語っており、プロ野球選手としての出発点に常に家族の存在があることが伝わってきます。実際に節目ごとに家族への感謝を発信し続けている姿は、多くのファンの心を動かしていますよ。
ここ、気になりますよね。一人っ子で「甘えん坊」という話も伝わっているのに、グラウンドでは誰よりも気迫あふれる投球を見せる。その二面性こそ、藤平さんの魅力のひとつかもしれません。
母・直美さんのプロフィールと「ザ陽キャ」な素顔

藤平尚真さんの母・直美(なおみ)さんは、千葉県君津市で美容室を経営するプロの美容師さんです。1975年頃生まれと推測され、2026年02月27日現在は50歳前後になります。
直美さんについて、藤平さんは2024年の母の日のインタビューで「母さんは”ザ陽キャ”みたいな感じです」と即答していて、その表現がとても的確だと感じた人も多かったのではないでしょうか。誰とでも仲良くなれる明るいキャラクターで、実家には常に人が集まっていたといいます。
藤平さんが子供の頃の家の様子を振り返って語ったのは、「友達が家に来ることも多くて、父親の友達とかもいて、人がよく集まる家でした。ご飯を作るのが好きで、毎日のように家に10人ぐらい人がいて、みんなでご飯を食べるみたいな感じ」というもの。家が常にオープンで賑やかだったという環境は、藤平さんの明るく物怖じしない性格の原点になっていると言っても過言ではありません。
見返りを求めずに人に与える人柄
直美さんの人柄で特に印象的なのが、見返りを求めずに人に尽くすというスタンスです。藤平さんが大人になるにつれて「すごいことだったんだな」と実感しているのが、自分の同級生や父親の友達のためにご飯を作ったり、ちょっとしたことでプレゼントをあげたりという、日常的な行動の積み重ねでした。
プロ野球選手になった藤平さんが「強い体に産んでくれて、本当に感謝しています。いつも家族のためにと思って野球をやっているので、心配だと思うんですけど、これからも応援してほしいです」と語った言葉は、母への感謝と愛情がにじみ出ていて、多くの人の胸に響きましたよ。
直美さんの性格が藤平尚真に与えた影響
直美さんのオープンで社交的な性格は、藤平さん自身の人柄にも色濃く反映されています。楽天入団後、先輩選手や監督・コーチとの関係を大切にする姿勢、良い縁を引き寄せるというエピソードが何度も語られていますが、その根底には母から受け継いだ縁を大切にする心があるのだと感じます。
2019年5月の母の日には、自身のX(旧Twitter)に「昨日は母の日だったので久々に実家に帰り、家族で食事をしました」と投稿しており、プロ3年目になっても家族との時間を大切にしている姿勢が伝わってきました。
美容室「縁(えん)」とは?店名に込められた思い
直美さんが千葉県君津市で経営する美容室の名前は「縁(えん)」といいます。店名そのものが、直美さんの人生哲学を体現しているようで、その命名センスに思わずうなりたくなりますよね。
日刊スポーツのコラムでも「千葉の君津市に縁という美容室がある。楽天・藤平尚真投手の母直美さんが営む美容室だ」と紹介されており、藤平さんを語る上で欠かせないスポットとして知られています。
「縁」という名前には、人との繋がりや出会いを大切にするという意味が込められています。直美さんが実家に人を集めて料理でもてなし、人間関係を豊かにしてきた生き方そのものが、この店名に凝縮されているのかもしれません。
藤平さんは楽天に入団後、仙台で初めて他の美容師さんに髪を切ってもらった際に「母さん以外の人に切ってもらって変な気持ちがした」と語っています。それほど長い間、専属美容師として息子のそばにいたということですよね。美容室「縁」は、まさに藤平家の絆そのものを象徴するような場所なんです。
プロ入りまで息子の髪を切り続けた母の深い愛情
藤平尚真さんは、プロ入りするまでずっと母・直美さんに髪を切ってもらっていたということが、さまざまなメディアで語られています。幼い頃は坊主頭だったという話も残っており、「ずっと切ってもらっていましたね。坊主だったんですけど」と懐かしそうに振り返っていました。
横浜高校の寮に入った後も、帰省するたびに直美さんが髪を切っていたと考えられますが、プロ入りして仙台に拠点を移してからは、初めて他の美容師さんに切ってもらうことになりました。その時の「変な気持ちがした」という率直なコメントが、母子の仲の良さをリアルに表していて、思わず笑顔になってしまいますね。
美容師という仕事から学んだこと
直美さんが美容師として長年続けてきた仕事には、技術だけでなく接客やコミュニケーションの力が欠かせません。顧客ひとりひとりと向き合い、その日の状態や要望を読み取りながら対応するプロとしての姿勢は、藤平さんがバッターのクセを読む、状況に応じた投球術を磨く上でも、間接的に影響を与えているかもしれません。
そしてプロ入りまで専属で髪を切り続けるというのは、単なる家族サービスを超えた母としての愛情表現だったのでしょう。息子がプロの世界に踏み出す直前まで、自分の技術で息子をサポートしていたという事実は、多くのファンの心に温かく刻まれています。
「野球より人として成長しなさい」藤平尚真の人格を形成した母の言葉
直美さんが藤平さんに幼い頃から繰り返し伝えてきた言葉があります。それが「野球はずっと続けることができないんだから、人として成長することが大事だよ」という教えです。
スポーツ選手として活躍する子供を持つ親なら、つい頑張れ、勝てという言葉をかけがちですが、直美さんが選んだのは技術や結果よりも人間性の大切さを説く言葉でした。この言葉を小さな頃から何度も聞かされてきた藤平さんは、今でもこの教えを胸に刻んでいると語っています。
選手生活を超えた「人間力」という財産
プロ野球の世界は厳しく、怪我や不調、戦力外通告など、誰もが予期しない転機に直面することがあります。そういった時にも人としてしっかり立てるよう、直美さんは早くから息子に備えをさせていたわけです。
藤平さんが楽天に入団した当初、先輩選手との関係構築がうまくいったのも、こうした地盤がしっかりしていたからではないかとファンの間では語られています。松井裕樹さんや則本昂大さん、さらには田中将大さんといった球界の大先輩たちに可愛がられてきた背景には、礼儀正しさや謙虚さという人間性が確かにあるのだと思います。
この教えは今、藤平さんが自分自身の子供に何を伝えていくかという問いにも繋がっていくはずです。2026年に第一子が誕生し、父親になった藤平さんが母から受け取ったバトンを次の世代へどう渡していくか、これからも注目していきたいですよね。
父・武美さんが経営する焼き鳥店「ししまる」の詳細
藤平⚾
頑張ったな❗❗
ここからがスタート
オフにはウイニング⚾を5個ぐらい持って ご両親と飯喰いに来いや~⤴#藤平尚真 #神田居酒屋魚援団 pic.twitter.com/fT35LVPCkz— 銀座 Bar「海’s」🎗 🐧☂️🐲🌠🍺 (@1484Barsy) June 17, 2017
藤平尚真さんの父・武美(たけみ)さんは、千葉県君津市で焼鳥・串焼き「ししまる」を経営する和食の職人さんです。36年以上のキャリアを持つベテランで、素材選びから焼き加減まで一切の妥協を許さないスタイルで地元のお客さんに愛されています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 店名 | 焼鳥・串焼き ししまる |
| 住所 | 〒299-1152 千葉県君津市久保1丁目8-12 |
| 最寄り駅 | JR内房線・君津駅(徒歩約10分) |
| 営業時間 | 月〜水・金・土・祝・祝前/ディナー 17:30〜23:30(L.O.23:00) |
| 定休日 | 木曜日(季節により変更あり) |
| 定員 | 18名 |
| 駐車場 | あり |
ファンにはよく知られていますが、楽天モバイルパーク宮城で2025年シーズンに販売された「藤平尚真の実家の味!焼き鳥丼」は、ししまるから直送されたもも肉・せせり・秘伝のタレを使ったメニューでした。藤平さん本人が「焼き鳥もタレも全部そのまんまです。実家から直送してもらっています」と語ったほどで、スタジアムで食べるあの味は、君津の実家の味そのものということです。
父から息子へ伝わった「食」の力
和食の職人として36年以上腕を磨いてきた武美さんの料理は、藤平さんがプロアスリートとして活躍するための体を作ってきた土台でもあります。素材へのこだわりや、丁寧に作られた食事が藤平さんの強靭な体を支えてきたと言っても過言ではありません。
甲子園でトランペットを吹いた父のエピソード
武美さんで特にファンの心を打つのが、息子が横浜高校時代に甲子園を目指していた際のエピソードです。「親としてできる応援をしたい」という思いから、武美さんは全くの未経験からトランペットを独学で練習し始めました。
2016年夏の甲子園では、アルプススタンドで息子の雄姿を見守りながら、慣れないトランペットを一生懸命吹く父の姿がありました。普段は寡黙な職人が、息子のために全く縁のなかった楽器を手に取るというその姿は、父親としての愛情の深さを如実に物語っていますよ。
また、ドラフト1位指名が決まった際に藤平さんから電話で報告を受けた武美さんは、祝福の言葉をかけた後に「期待に応えるような選手にならなきゃダメだからな」「明日から気持ち切り替えて」と続けたといいます。プロの世界に飛び込む息子を甘やかさず、しっかりと現実を見据えさせるという父らしい愛情の伝え方ですよね。
藤平尚真の母への感謝と家族が育んだ侍ジャパン投手の今
- 祖父・鎌田幸一さんとのスポ根トレーニングで磨かれた運動センス
- 一人っ子として受けた家族の愛と幼少期エピソード
- 横浜高校時代の挫折と父がトランペットを練習した甲子園エピソード
- 楽天入団後の「縁」に恵まれた人生と良縁の連鎖
- 母の日の感謝エピソードと藤平尚真の直美さんへの思い
- 結婚・第一子誕生で新たな父親像を描く藤平尚真の現在
- 藤平尚真の母への感謝に対する世間の声
祖父・鎌田幸一さんとのスポ根トレーニングで磨かれた運動センス
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藤平尚真さんの野球の原点を辿ると、祖父・鎌田幸一(かまたこういち)さんの存在を外せません。鎌田さんは少年野球の監督を務めた経験を持ち、藤平さんが小学生の頃から自宅で毎晩マンツーマン指導を行っていたといいます。
その指導で最も大切にされていたのが「バランス」という概念でした。ボールを投げる時もバットを振る時も、常にバランスを意識して練習に取り組むことを幸一さんは繰り返し伝え続けていたのです。
左投げ・左素振りで身についた均整の取れた体
特にユニークだったのが、右投げの藤平さんにあえて左で投げさせたり、左で素振りをさせたりという練習方法です。利き手側だけを酷使せず、体全体を均等に使うことで、偏りのない体幹とバランス感覚を養っていったわけです。
この指導の成果は驚くべき形で表れました。中学3年生の時に、わずか2ヶ月半の練習で走り高跳びのジュニアオリンピックを制覇するという快挙を達成したのです。走り高跳びは体のバランスが特に重要な競技で、自分の体の使い方を完全に理解していなければ好記録は生まれません。祖父から叩き込まれたバランス感覚が、野球以外の競技でも抜群の適応力として発揮されたわけです。
裸足トレーニングの習慣も祖父の教えから
藤平さんには裸足でトレーニングするという習慣があります。中学時代に陸上競技をやっていた際、スパイクを脱いでいたら記録が伸びたという体験がきっかけで、足の母指球で地面をつかむ感覚を養うために続けているといいます。
楽天入団1年目の新人合同自主トレでも、冬の仙台で裸足生活を続けていたことが話題になりました。誰かに言われたわけでなく、自分でいいと思ったことを信念を持って実行し続ける姿勢は、幼い頃から祖父との二人三脚で培われた自律心の表れかもしれません。藤平さんは今でも「心がけている」とこのバランス意識を語っており、マウンドでもぶれることのない投球フォームにその成果が見られますよ。
一人っ子として受けた家族の愛と幼少期エピソード

藤平尚真さんは一人っ子として育ちましたが、それは決して寂しい幼少期ではありませんでした。むしろ、両親と祖父母という大人たちの愛情をまるごと受けながら、豊かな環境で育ったことが伝わってきます。
藤平さん自身は「1人っ子で甘えん坊だった」と認めていますが、両親はけして甘やかすことなく、言葉でしっかりと指針を伝え続けてきた家庭でした。ドラフト後の父からの言葉がその典型で、祝福しながらもすぐに気持ちを切り替えるよう促す場面からは、家族全体の地に足のついた姿勢が見えます。
人が集まる家が育んだ社交性
直美さんが実家に友人や父親の仲間たちを呼んで料理を振る舞う習慣は、藤平さんにとって「人の輪の中にいることが自然な状態」という感覚を植え付けました。毎日のように10人前後が集まる食卓で育った経験は、プロ入り後にさまざまな先輩選手との交流を自然体でこなせる社交性の源泉になっています。
一人っ子だからこそ感じた寂しさを、親が友人たちを招くことで補ってくれていた側面もあるかもしれません。その温かい家庭環境が、後に良縁に恵まれた人と言われる藤平さんの人間的な土台になったのだと感じますよ。
中3で単身・横浜高校へ
藤平さんは中学3年生でスカウトされ、横浜高校に進学するために親元を離れて寮生活を始めています。甘えん坊の一人っ子が中学3年生で自立の道を歩み始めた背景には、祖父母から「自分のことは自分でやりなさい」という教育方針があったとされています。
突然の独立生活でも折れることなく、むしろ横浜高校という名門校で驚異的な成長を遂げたのは、家族がしっかりした地盤を築いてくれていたからこそといえるでしょう。
横浜高校時代の挫折と父がトランペットを練習した甲子園エピソード
2016/11/27
平成28年度
横浜高校硬式野球部卒業記念
お別れ試合藤平 尚真 投手 (千葉市シニア)#横浜高校 #お疲れ様でした #ありがとう pic.twitter.com/wCD9rqpEES
— だばし (@dabashi0810) November 28, 2016
藤平尚真さんが横浜高校に進学したのは2013年のことです。1年生の春からAチーム入りという異例の抜擢を受け、2年生からはエースナンバーを背負うことになりましたが、輝かしい実績の裏には大きな挫折も経験していました。
エースとして臨んだ2年生の夏、神奈川大会決勝で東海大相模高校に大敗。「エースとして臨んで、自分の力が何も及ばなかったのが、本当に悔しい気持ちでした」と試合後に語った言葉は、今でも語り継がれています。
挫折後の猛練習が体を変えた
この夏の悔しさをバネに、藤平さんは体幹トレーニングを強化し「身体全体でストレートを投げる」という目標を掲げて冬のトレーニングに打ち込みました。日が落ちた後にも走り込んだりバイクを漕いだりという猛練習を続けた結果、その冬だけで体重が10キロ増加し、ユニフォームのサイズが変わるほどの体の変化を遂げたといいます。
背番号10の謎と平田監督のメッセージ
3年生の春、前年から当たり前のようにエースナンバーを背負っていた藤平さんに、平田徹監督が与えた背番号は「1」ではなく「10」でした。「去年の夏から当たり前のように背番号一番をつけるということは、彼の成長につながらないと思うところもあった」という監督の思いがあってのことで、松坂大輔さんや涌井秀章さんといった名選手が背負ってきた横浜高校の背番号1の重みを改めて認識させるためのメッセージでした。
藤平さんはその期待以上の活躍でチームを優勝へ導き、夏の大会では再び背番号1を背負うことになります。
父のトランペット応援
こうした高校時代の活躍を見守った父・武美さんの行動が、後にファンの間で伝説的に語られることになります。2016年夏の甲子園を前に、武美さんは親としてアルプスで応援したいという気持ちから、全くの初心者からトランペットを独学で練習し始めました。
甲子園のアルプススタンドで自分の子供を応援するために、楽器の素人が猛練習するというその姿は、どれだけ息子の夢を応援したかったかが伝わってきますよね。慣れないトランペットを一生懸命吹く職人の父と、マウンドで力投する息子という親子の光景は、多くの人の胸を打ちました。
楽天入団後の「縁」に恵まれた人生と良縁の連鎖
2016年秋のドラフトで楽天ゴールデンイーグルスにドラフト1位で指名された藤平尚真さん。入団後に与えられた泉犬鷲寮の部屋は「10号室」、かつて田中将大さんが新人時代から3年間過ごした「出世部屋」でした。
石垣島での春季キャンプでは3歳年上の松井裕樹さんと同部屋になり、野球のことからプライベートまで何でも相談できる関係を築いていきます。松井さんが則本昂大さんを兄貴分と呼ぶように、藤平さんにとっての兄貴分が松井さんだったわけです。
1年目のオフには、田中将大さんの合同自主トレにも参加しており、楽天ドラフト1位で入団した選手たちの中で引き継がれてきた「先輩が後輩の面倒を見る」という伝統がここでも受け継がれていました。
「縁」という名の美容室が育んだ縁の哲学
母・直美さんが営む美容室の名前が「縁(えん)」であることは、藤平さんの人生観と深いところで結びついています。両親が縁を大切にする生き方を体現してきたからこそ、藤平さん自身も良い縁を引き寄せ、縁を繋ぎ大切にするという生き方を自然と身につけてきたのだと感じます。
横浜高校時代には食事を作ってくれる寮母さんや平田徹監督、チームメイトたちとの絆、プロ入り後は田中さんを育てた佐藤義則コーチとの出会い、2026年WBC侍ジャパンでのダルビッシュ有さんとの交流まで、至るところに良縁のエピソードが続いています。こういう人は縁に恵まれているというより、縁を育てる才能を持っているんですよね。その才能の源が、「縁」という美容室を営む母・直美さんの生き方にあることは、なんとも感慨深いです。
母の日の感謝エピソードと藤平尚真の直美さんへの思い
藤平尚真さんは節目ごとに母・直美さんへの感謝を公の場で語り続けています。その中でも特に印象的なのが、2024年の母の日に行われたスポニチのインタビューです。
このインタビューで藤平さんは「強い体に産んでくれて、本当に感謝しています」と語りました。プロアスリートとして活躍するために不可欠な丈夫な体を与えてくれたことへの感謝は、バースデーのInstagram投稿でも同様の言葉で表現されています。2023年9月の25歳の誕生日投稿でも「まずは、丈夫な体に産んでくれた母親に感謝をしたいです」と書いており、この感謝の言葉は藤平さんの中で揺るぎない思いとして持ち続けられているのがわかりますよね。
母の日に実家で家族と食事
2019年5月の母の日には、自身のX(旧Twitter)に「昨日は母の日だったので久々に実家に帰り、家族で食事をしました」と投稿し、家族一緒に過ごした時間をシェアしました。
昨日は母の日だったので久々に
実家に帰り、家族で食事をしました🍽— 藤平 尚真/SHOMA FUJIHIRA (@_shoma_official) 2019年5月13日
2024年の母の日インタビューでは、腰の不安で登録を外れていた時期でもありましたが、「いつも家族のためにと思って野球をやっているので、心配だと思うんですけど、これからも応援してほしいです」と直美さんに向けてメッセージを伝えています。怪我で苦しい時期にも家族を思い、家族のためにグラウンドに立ち続けようとする姿勢が、藤平さんのモチベーションの根幹にある家族愛を教えてくれますよ。
結婚・第一子誕生で新たな父親像を描く藤平尚真の現在
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2025年オフ、藤平尚真さんはSNSで結婚を発表しました。「入籍した事を皆様にご報告します‼」というInstagramの投稿には、多くのファンから「おめでとうございます」「びっくり!」「おめでたい!」という祝福の声が寄せられました。
実は入籍報告の前日の投稿で、野性爆弾・くっきー!さんとの2ショットに左手薬指に指輪が見えていたことから、ファンの間ではすでに「ご結婚なされたのでは」と噂になっていたといいます。その後の入籍報告で、ファンの予感が的中した形になりましたね。
2026年、父親としての新たなスタート
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2025年末から2026年初頭にかけて、第一子の誕生も報告されました。「2026年は、父として家族を支える」という決意を語った藤平さんの言葉は、かつて自分が父・武美さんや母・直美さんに育ててもらったように、今度は自ら家族を支える立場になったことへの覚悟が滲み出ています。
直美さんからもらった「野球より人として成長しなさい」という教えが、今まさに父親としての人生で活かされる段階に来たといえるでしょう。子供に何を伝えていくか、どんな父親になるか、藤平さんの新たな人生の章がスタートしていますよ。
WBC2026での活躍が家族の誇り
2026年2月には、西武・平良海馬さんの辞退を受けてWBC侍ジャパンに追加招集されました。楽天から唯一の選出という重責を背負いながらも、「楽天代表して恥じぬピッチングを」と誓った藤平さん。第一子が生まれたばかりのこのタイミングでの代表招集は、家族全員にとって特別な思い出になることは間違いないですよね。アルプスでトランペットを吹いた父、専属美容師として支え続けた母、そして新しく誕生した子供まで、藤平尚真という投手を取り巻く家族のストーリーは、これからも続いていきます。
藤平尚真の母への感謝に対する世間の声
藤平尚真さんが公の場で母・直美さんへの感謝を語るたびに、SNSやネット上では温かい反応が広がっています。スポニチが報じた2024年の母の日インタビューでは、コメント欄に多くの反応が寄せられました。
「こういう選手を応援したいと思う」「お母さんへの感謝の言葉が素直でいい」「陽キャなお母さんから陽キャな息子が生まれた感じ」といった声が多く、藤平さんの家族を思う気持ちが多くのファンの共感を呼んでいます。
また、2023年の誕生日Instagramに「藤平くんを応援し始めて早7年、これからもずっと応援してます」「お誕生日おめでとうございます!藤平くんは同学年の選手なので特に応援に力が入ります」といったファンのコメントが多数寄せられており、長年にわたって支持され続けているところに藤平さんの人望の厚さが見えます。
「強い体に産んでくれて本当に感謝」という言葉の反響
特に多くの人の心に刺さったのが「強い体に産んでくれて、本当に感謝しています」という言葉です。プロアスリートがここまで率直に母への感謝を表現する場面は決して多くなく、その素直さと誠実さがファンのみならず広く世間に伝わりました。
「プロ野球選手なのに全然偉ぶってない」「家族を大切にする選手はグラウンドでも信頼できる」という声も多く、藤平さんの人柄に対する評価が競技成績と並んで語られているのが印象的です。
父がトランペットを練習したエピソードについては「こんなお父さんを持てて幸せだと思う」「うちのお父さんも藤平選手のお父さんみたいだったら」というコメントもあり、藤平家全体が多くのファンに愛されていることが伝わってきます。楽天ファンの間では、ライバルチームのファンも含めて藤平選手の家族エピソードを好意的に受け取る人が多く、ゲーム結果を超えた部分で支持を集めているのが藤平尚真さんという選手の魅力だといえますよ。
藤平尚真の母・直美さんについてまとめると
- 母・直美(なおみ)さんは千葉県君津市で美容室「縁(えん)」を経営するプロの美容師
- 藤平さん本人が「ザ陽キャ」と表現するほど明るく社交的な性格で、誰とでも仲良くなれる
- 実家には父の友人や藤平さんの同級生ら10人前後が毎日のように集まる賑やかな家庭環境だった
- 見返りを求めずに人に与え続けるという直美さんの生き方が藤平さんの人柄を形成している
- 「野球はずっと続けられないから人として成長しなさい」という教えを幼少期から繰り返し伝えてきた
- プロ入りするまでずっと息子の専属美容師として髪を切り続け、初めて仙台で他人に切ってもらった際に藤平さんが「変な気持ちがした」と語った
- 美容室の名前「縁」には人との繋がりを大切にするという直美さんの人生哲学が込められている
- 父・武美さんは千葉県君津市で焼鳥・串焼き「ししまる」を経営する36年のベテラン料理人
- 息子の甲子園応援のために未経験からトランペットを独学で練習した父の愛情エピソードが有名
- 祖父・鎌田幸一さんは少年野球の監督で、毎晩マンツーマンの指導でバランス感覚を徹底的に鍛えた
- 祖父の指導により藤平さんは中学3年でわずか2ヶ月半の練習にて走り高跳びジュニアオリンピックを制覇
- 藤平さんは一人っ子だが、両親・祖父母の愛情を一身に受けて育ち、家族を深く大切にする性格に
- 2025年オフに入籍、2026年に第一子が誕生し、今度は自ら父親として家族を支える立場になった
- 2026年WBC侍ジャパンに追加招集され、楽天唯一の代表として活躍が期待されている
- 「強い体に産んでくれて本当に感謝しています」という母への言葉が多くのファンの共感を集めている
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