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那須川天心さんの父親の職業について、気になっている方は多いのではないでしょうか。
父親の那須川弘幸さんは、現在TEPPEN GYMの会長兼トレーナーとして活躍しています。
もともとは内装業を営んでいた弘幸さんですが、息子の天心さんを格闘技の世界チャンピオンに育て上げるために自ら格闘技の世界に飛び込んだ異色の経歴の持ち主です。
格闘技の経験がないにもかかわらず独自のトレーニングメソッドを確立し、天心さんだけでなく妹の梨々さんや弟の龍心さんもプロ格闘家に育てています。
この記事では、那須川天心さんの父親の職業や経歴、指導哲学と感動の親子エピソードについて詳しく整理していきます。
記事のポイント
①:那須川弘幸の職業はTEPPEN GYM会長兼トレーナー
②:前職は内装業で格闘技は未経験だった
③:天心を含む3人の格闘家を独自メソッドで育成
④:サッカーで全国大会出場の運動神経の持ち主
那須川天心の父親の職業|弘幸の経歴と転身の全貌
- 【結論】TEPPEN GYM会長という父親の職業
- 内装業から格闘技界への大転身の理由
- TEPPEN GYMの設立と店舗展開
- サッカー全国大会出場の運動神経
- 天心の名前の由来と弘幸の教育方針
- 弘幸のSNS発信と格闘界への影響
【結論】TEPPEN GYM会長という父親の職業
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結論から言うと、那須川天心さんの父親である那須川弘幸さんの職業は、千葉県松戸市にあるキックボクシングジム「TEPPEN GYM」の会長兼トレーナーです。
弘幸さんはジムの経営者として運営全般を統括しながら、自らリングに立ってプロ選手やアマチュア選手の指導にも当たっています。
まずは弘幸さんの基本情報をプロフィール表で確認してみましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 那須川弘幸(なすかわ ひろゆき) |
| 生年月日 | 1970年3月8日 |
| 2026年04月01日現在の年齢 | 56歳 |
| 出身 | 千葉県(推定) |
| 現在の職業 | TEPPEN GYM会長兼トレーナー |
| 前職 | 内装業経営者 |
| 格闘技経験 | なし(サッカーで全国大会出場) |
| 家族 | 妻・由美子、長男・天心、長女・寧々、次女・梨々、次男・龍心 |
会長兼トレーナーとしての役割
弘幸さんはTEPPEN GYMで「会長」という肩書きを持ちながら、実際にはトレーナーとして現場に立ち続けています。
ジムの経営とトレーナー業務を兼任しているのは、弘幸さんが選手指導に対して並々ならぬ情熱を持っているからでしょう。
息子の天心さんをはじめ、次女の梨々さんや次男の龍心さんなど、那須川家の子供たちをプロ格闘家に育て上げた実績は圧巻のひと言ですよ。
TEPPEN GYMの公式サイトにも「TEPPEN GYM代表の那須川です」と自ら挨拶文を掲載しており、ジムの顔として活動していることがわかります。
ジム経営者になるまでの道のり
弘幸さんがジム経営者になったのは、一朝一夕のことではありません。
2011年にキックボクシングチーム「TEAM TEPPEN」を立ち上げ、5年間にわたって週1回のペースで子供たちを指導してきました。
その後、より本格的な環境で選手を育てたいという思いから、2016年にジムをオープンしています。
格闘技の経験がまったくない状態から、独学でトレーニング理論を学び、チャンピオンを何人も輩出するジム経営者にまで上り詰めた弘幸さんの行動力は、まさに驚異的と言えるでしょう。
指導者としての信念
弘幸さんは「子供たちに勝って喜ぶ涙の回数を増やしてあげたい」という信念を持ってジムを運営しています。
負けて悔し涙を流す子供たちの姿を見て居た堪れなくなったことが、より本格的な練習環境を整える原動力になったそうです。
ここ、気になるポイントですよね。
ただの経営者ではなく、選手一人ひとりの成長に寄り添う指導者としての姿勢が、弘幸さんの職業人としての魅力だと感じます。
内装業から格闘技界への大転身の理由
那須川弘幸さんの前職は内装業の経営者でした。
もともと内装業の会社を自ら立ち上げて経営していた弘幸さんですが、息子の天心さんを格闘技の世界で成功させるために、まったく異なる業界への転身を決意しています。
内装業時代の弘幸さんの実像
弘幸さんは内装業の職人として、長年にわたり現場で汗を流してきた人物です。
自身で会社を立ち上げるほどの行動力と経営手腕を持ち合わせていたことがわかります。
内装業の会社は後輩に譲渡したとされており、円満な形で事業承継を行ったようです。
職人気質で一つのことに打ち込む性格は、後のジム経営やトレーニング指導にもそのまま活かされていると言えるでしょう。
転身のきっかけとなった息子の成長
弘幸さんが格闘技の世界に本格的に足を踏み入れたきっかけは、息子の天心さんの才能を目の当たりにしたことです。
天心さんは5歳で極真空手を始め、めきめきと頭角を現していきました。
弘幸さんは天心さんの練習パートナーとして自らミットを持ち、独学でトレーニング方法を研究し始めたのです。
内装業の仕事と並行しながら格闘技の勉強を続けた弘幸さんの努力は、並大抵のものではなかったはずですよ。
全く違う業界からの挑戦
内装業と格闘技のジム経営は、まったく異なる分野です。
格闘技の経験がない弘幸さんがトレーナーとして選手を指導するには、技術だけでなく理論も一から学ぶ必要がありました。
弘幸さんは本や試合映像を徹底的に研究し、独自のトレーニングメソッドを確立していったのです。
こうした異業種からの転身は、格闘技界でも極めて珍しいケースかもしれません。
会社を譲渡してまで貫いた覚悟
弘幸さんが内装業の会社を後輩に譲渡したという事実は、格闘技界への転身に対する覚悟の深さを物語っています。
自ら築き上げた会社を手放すのは、経営者にとって簡単な決断ではなかったでしょう。
それでも息子の天心さんや、後に続く子供たちのために「真のチャンピオンを育てたい」という思いが勝ったのだと考えられます。
結果的に、この転身は大成功を収めることになります。
TEPPEN GYMの設立と店舗展開
弘幸さんが経営するTEPPEN GYMは、2016年11月にオープンしました。
ジム設立に至るまでの経緯と、その後の店舗展開について整理していきます。
TEAM TEPPEN時代の6年間
TEPPEN GYMの前身は、2011年に弘幸さんが立ち上げたキックボクシングチーム「TEAM TEPPEN」です。
当初のメンバーは弘幸さんの近所の子供たちが中心で、週に1回のペースで体育館に集まって練習を行っていました。
この活動を6年間続けた結果、TEAM TEPPENからはジュニアチャンピオンを多数輩出できるようになったのです。
しかし弘幸さんは「このままの指導では真のチャンピオンを育てることができないのでは」と感じるようになりました。
ジム設立を決断した理由
弘幸さんがジム設立を決意した最大の理由は、練習環境の限界を感じたことです。
体育館での練習ではサンドバッグやリングを使った実践的なトレーニングができず、選手の成長に限界がありました。
弘幸さんは「サンドバックがあり、リングがある実践的な練習に取り組めるところ」が必要だと考えたのです。
ミット練習、対人練習に加えて、サンドバッグを使った打撃練習やリングワークを毎日行うことで、選手たちは確実にレベルアップするという確信がありました。
新松戸店と大阪店の2店舗体制
TEPPEN GYMは千葉県松戸市新松戸に本店を構えています。
住所は千葉県松戸市新松戸3-283ゆりのきセンタービル3Fで、ここが弘幸さんの活動拠点です。
さらに大阪府大阪市中央区安土町にも大阪店を展開しており、2店舗体制で運営しています。
ジムは完全会員制となっており、キッズ・ジュニア、一般レッスン、ヨガクラス、プロ選手など、クラスが分かれています。
女性会員専用の時間帯も設けるなど、幅広い層に対応した運営がなされていますよ。
サッカー全国大会出場の運動神経
那須川弘幸さんは格闘技の経験はありませんが、スポーツの実力者であったことは間違いありません。
弘幸さんは中学時代にサッカーで全国大会に出場した実績を持っています。
中学時代のサッカー実績
弘幸さんはサッカーに打ち込んだ学生時代を過ごしました。
中学校のサッカー部で腕を磨き、全国大会の舞台に立つまでの実力を身につけたのです。
全国大会に出場するためには、地区予選や県大会を勝ち抜く必要があり、相当なレベルの選手だったことがうかがえます。
サッカーで培った運動神経やスポーツに対する姿勢は、後のトレーナーとしての活動に大きく活かされることになりました。
プロ選手になれなかった悔しさ
弘幸さんは後のインタビューで「プロのサッカー選手にはなれず非常に悔しい思いをした」と語っています。
全国大会に出場するほどの実力がありながら、プロの壁を越えることはできなかったのです。
この悔しさが、息子の天心さんには「自分が果たせなかった夢を叶えてほしい」という思いにつながったのかもしれません。
弘幸さんが天心さんに最初にサッカーを習わせたのも、自身のスポーツ経験が背景にあったと考えられます。
運動神経が息子たちに与えた影響
弘幸さんの優れた運動神経は、遺伝的にも子供たちに受け継がれているでしょう。
天心さんの反射神経やスピード、妹の梨々さんや弟の龍心さんの身体能力の高さは、父親譲りの部分も大きいと思われます。
また、弘幸さん自身がアスリートとしての経験を持っていたからこそ、選手の体の動かし方や試合での駆け引きを理解した上で指導できたのではないでしょうか。
格闘技未経験でありながら的確な指導ができる理由の一つは、このスポーツマンとしての素養にあると感じます。
天心の名前の由来と弘幸の教育方針
那須川天心さんの「天心」という名前は、父親の弘幸さんが名付けたものです。
「天に心を持つ。天のような大きな心を持ち、感謝の気持ちを忘れない人間になってほしい」という由来が込められています。
命名に込めた父親の願い
弘幸さんは息子に「天心」と名付けた理由を公の場で語っています。
「天のような大きな心」と「感謝の気持ち」という2つのキーワードが、弘幸さんの教育理念を象徴しているのです。
実際に天心さんはその名の通り、感謝の気持ちを大切にする人間に成長しており、弘幸さんの願いは見事に実現したと言えるでしょう。
試合後のインタビューや日常のSNS発信でも、天心さんは周囲への感謝を欠かさない姿勢を見せていますよね。
極真空手を習わせた理由
弘幸さんは天心さんが5歳のとき、極真空手を習わせることにしました。
その理由は「極真空手を通じて礼儀や作法を習わせたかった」からだそうです。
ただ強くなるだけではなく、礼儀を身につけた人間に育てたいという思いがあったのでしょう。
天心さんは初め空手にあまり興味を持てなかったとのことですが、結果的に「全世界空手道選手権大会」に出場するまでの実力をつけることになります。
厳しい練習に込めた愛情
弘幸さんの教育方針は、非常に厳しいものでした。
天心さん自身がインタビューで「父親のプレッシャーは本当にすごかった」と語っているほどです。
「タイトルマッチや大舞台のプレッシャーですら、父親のプレッシャーに比べると大したことないと感じてしまう」という発言からも、弘幸さんの厳しさが伝わってきます。
しかしこの厳しさは、息子を一流の格闘家に育てたいという深い愛情の裏返しだったのです。
弘幸さんの教育は結果として、天心さんのメンタルの強さを鍛え上げることに成功しました。
弘幸のSNS発信と格闘界への影響
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那須川弘幸さんはInstagramを通じて積極的に情報を発信しており、その投稿が大きな話題を呼ぶことがあります。
特に注目されたのは、武尊さんと息子の天心さんへの思いを綴った投稿でした。
武尊への感動メッセージの全容
弘幸さんは武尊さんに向けて「引退なんて考えないで欲しい」というメッセージをInstagramに投稿しています。
「これからのキックボクシング界の未来を変えて行けるのは天心ではなく武尊くんしかいない」という言葉には、格闘技界全体を見据えた視野の広さが感じられます。
さらに「天心は武尊くんのサポートをする義務がある」とまで踏み込んでおり、ライバルへの深いリスペクトが伝わってきます。
この投稿は格闘技ファンの間で非常に大きな反響を呼びました。
天心への感謝の言葉
同じ投稿の中で弘幸さんは、天心さんに対して「小さい天心に誰よりも強くしてやると約束したことを守り役目を果たせたこと」と綴っています。
「キック界に貢献し格闘界の歴史に名を残した自慢の息子」という表現からは、父親としての深い誇りが読み取れます。
「一緒に挑戦して来た道のりは楽しかった。最高の人生をありがとう」という言葉には、親子で歩んできた格闘技人生への感謝が凝縮されていますよ。
この投稿を読んで涙したファンも多かったのではないでしょうか。
SNS発信が格闘ファンに与えた影響
弘幸さんのSNS発信は、選手の父親という立場を超えて格闘技界全体に影響を与えています。
武尊さんがうつ病とパニック障害を告白して活動休止を発表した際にも、弘幸さんの投稿が多くのファンの心を動かしました。
選手の裏側にある家族の思いを伝えることで、格闘技の魅力をより深い形で発信しているのです。
弘幸さんのInstagramアカウントは「TEPPENGYM会長」として運営されており、ジムの活動報告と合わせて格闘技界への思いを定期的に発信しています。
那須川天心の父親の職業を支える指導力と親子の絆
- 那須川式メソッドの独自指導法
- 天心との壮絶スパーリング秘話
- 「地上最強の親子喧嘩」の舞台裏
- 矢沢永吉ファンとあばれる君似の素顔
- 母親・由美子と兄弟姉妹の家族構成
- 天心が語る「一生超えられない存在」
那須川式メソッドの独自指導法
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弘幸さんが確立した「那須川式メソッド」は、TEPPEN GYMの指導の根幹をなすトレーニング理論です。
格闘技未経験の弘幸さんがどのようにしてこのメソッドを生み出したのか、その背景を整理していきます。
本と試合研究から生まれたメソッド
弘幸さんは格闘技の本や試合映像を徹底的に研究し、独自のメソッドを完成させました。
格闘技の経験がないからこそ、既存の常識にとらわれない視点でトレーニング理論を構築できたのかもしれません。
サッカーで全国大会に出場した経験から、スポーツにおける体の使い方やメンタルの重要性については熟知していたと考えられます。
弘幸さんの研究熱心さは、天心さんを世界チャンピオンに育て上げたという結果が何よりも証明しているでしょう。
クラス別の指導体制
TEPPEN GYMでは、那須川式メソッドに基づいた指導がクラス別に行われています。
「キッズ・ジュニア」「一般レッスン」「ヨガクラス」「プロ選手」の4つのクラスに分かれており、それぞれのレベルに合わせた指導が受けられます。
プロ選手のクラスではプロの試合で実績のあるトレーナーが指導に当たり、本格的なトレーニング環境が整っています。
弘幸さんが目指したのは「勝つという感動を多く経験させてやりたい」という理念の実現であり、そのための指導体制が丁寧に構築されているのです。
ジュニアチャンピオン多数輩出の実績
那須川式メソッドの成果は、数字にも表れています。
TEAM TEPPEN時代からジュニアチャンピオンを多数輩出しており、TEPPEN GYM設立後はさらに成果を上げています。
天心さんだけでなく、次女の梨々さんや次男の龍心さんもプロ格闘家として活躍していることが、メソッドの再現性の高さを証明していますよ。
弘幸さんは「第二、第三の那須川天心になりうる可能性がある」と語っており、今後もこのメソッドから新たなチャンピオンが生まれることに期待がかかります。
天心との壮絶スパーリング秘話
那須川弘幸さんと天心さんの親子関係を語る上で欠かせないのが、壮絶なスパーリングのエピソードです。
天心さんがYouTubeで父親とスパーリングする動画を公開した際には、ファンから大きな反響がありました。
あばらと腰と鎖骨を折られた過去
弘幸さんは天心さんとのスパーリングについて「ちょっとトラウマがあって、アバラと腰と鎖骨を折られているんですよ」と告白しています。
世界チャンピオンのパンチを間近で受け続けてきた弘幸さんの体には、文字通り痛みの記憶が刻まれているのです。
「めっちゃトラウマで」と語る弘幸さんの言葉には、冗談めかしながらも息子の圧倒的な実力を認める気持ちが込められているように感じます。
あばらと腰と鎖骨を折られても息子の練習に付き合い続ける姿勢は、まさに覚悟の指導者と言えるでしょう。
ミット打ちがパンチだった幼少期
天心さんは幼少期の練習について「昔はスパーリングという名のミット打ち」だったと振り返っています。
「ミットがめちゃめちゃ硬かったんですよ。板みたいなヤツで。それをよけないといけなかった」と語っており、弘幸さんの練習がいかに厳しかったかがわかります。
ミットで打ち込む弘幸さんのパンチを避けなければならないという環境が、天心さんのディフェンス能力を鍛え上げたのです。
天心さん自身も「それがあったからこいつは避けられるようになったんです」と認めており、弘幸さんの指導法が天心さんの強さの根底にあることは間違いありません。
スパーリング動画への反響
天心さんがYouTubeに公開した父親とのスパーリング動画は、多くのファンの注目を集めました。
世界チャンピオンが父親と本気でスパーリングする姿は、格闘技ファンにとって非常に貴重な映像だったのです。
弘幸さんのミットさばきや、天心さんとの掛け合いからは、長年にわたる親子の信頼関係が伝わってきます。
こうしたコンテンツ発信も、TEPPEN GYMの知名度向上に一役買っているのではないでしょうか。
「地上最強の親子喧嘩」の舞台裏
那須川天心さんの試合の中で特に話題になったのが、父親の弘幸さんが敵側のセコンドについた「那須川天心VS風音」の一戦です。
天心さんはこの試合のテーマを「地上最強の親子喧嘩」と名付けました。
父親が敵サイドに就いた経緯
風音選手はTEAM TEPPENの所属選手で、弘幸さんの教え子の一人です。
いつも味方であるはずの父親が、敵サイドのセコンドに就くという異例の展開は、格闘技ファンの間で大きな注目を集めました。
弘幸さんは風音選手の打倒・那須川天心に向けた練習や対策を一緒に進めていたとされています。
自分の息子の弱点を知り尽くしている父親が、敵の味方になるというのは前代未聞のシチュエーションですよね。
試合結果と親子の絆
結果は、那須川天心さんが2−0の判定で勝利を収めました。
父親が敵側についてもなお勝ち切った天心さんの実力は、弘幸さんの指導の成果でもあるのです。
この試合は「親子の絆が試された一戦」として語り継がれています。
弘幸さんにとっても、教え子の風音選手と息子の天心さんの両方を見届ける立場は、複雑な心境だったことでしょう。
試合前の弘幸さんの心境
弘幸さんは試合前にTwitterで自身の心境を投稿していました。
息子と戦う側に立つという決断は、簡単なものではなかったはずです。
しかし風音選手もまた弘幸さんが育てた大切な教え子であり、教え子のために全力を尽くすのがトレーナーとしての責任だと考えたのでしょう。
この「地上最強の親子喧嘩」は、弘幸さんの指導者としての信念と父親としての愛情が交錯した、忘れられない試合となりました。
矢沢永吉ファンとあばれる君似の素顔
那須川弘幸さんは厳格なトレーナーとしての顔を持つ一方で、人間味あふれるプライベートの一面も持っています。
弘幸さんはライブに通うほどの矢沢永吉さんの大ファンとして知られています。
入場曲を巡る親子のやり取り
天心さんが試合の入場曲に矢沢永吉さんの「止まらないHa〜Ha」を使おうとしたことがありました。
しかし弘幸さんは「お前はまだこの曲を使う器じゃない」と天心さんを止めたのです。
矢沢永吉さんの曲に対するリスペクトが深い弘幸さんならではのエピソードですよね。
その後、天心さんの実力と実績が認められ、弘幸さんからようやく許可が出て入場曲として使用できるようになったそうです。
このエピソードからは、弘幸さんが格闘技だけでなく音楽に対しても強いこだわりを持つ人物であることがわかります。
あばれる君に似ているという噂
弘幸さんの外見がお笑い芸人のあばれる君に似ているという話題がネット上で盛り上がったことがあります。
確かに雰囲気が似ている部分もあり、ファンの間では比較画像が話題になりました。
しかし息子の天心さんは「自分はそう思わない」と否定しているのが微笑ましいところですw
弘幸さんはトレードマークの帽子を常に被っていることでも知られており、「帽子の下はどうなっているのか」というファンの好奇心も話題の一つになっています。
熱血漢で愛情深い人柄
弘幸さんの人柄を一言で表すなら、「厳しくも愛情深い熱血漢」でしょう。
Instagramに投稿した武尊さんへのメッセージや天心さんへの感謝の言葉からも、弘幸さんの熱い人間性が伝わってきます。
子供たちに対しても、厳しい練習の中に常に愛情を込めて接していることが、天心さんや妹の梨々さんの証言からもうかがえますよ。
格闘技の世界で成功するためには技術だけでなく人間性も重要であり、弘幸さんは自らの人柄でそれを体現している存在です。
母親・由美子と兄弟姉妹の家族構成
那須川家は5人の子供を持つ大家族で、天心さんの母親は那須川由美子さんという方です。
ここでは那須川家の家族構成を整理してみましょう。
| 続柄 | 名前 | 備考 |
|---|---|---|
| 父親 | 那須川弘幸 | TEPPEN GYM会長兼トレーナー |
| 母親 | 那須川由美子 | 美人と話題 |
| 長男 | 那須川天心 | プロボクサー・元キックボクサー |
| 長女 | 那須川寧々 | 天心の1歳下 |
| 次女 | 那須川梨々 | プロ格闘家・天心の4歳下 |
| 次男 | 那須川龍心 | 格闘家・注目株 |
母親・由美子さんについて
母親の由美子さんは「美人である」とネット上でも話題になっている人物です。
以前はYouTubeにも出演しており、その際に年齢について語ったことがあります。
由美子さんは表舞台に出ることは少ないですが、弘幸さんと二人三脚で那須川家を支えてきた存在と言えるでしょう。
天心さんの強さの裏には、父親の弘幸さんだけでなく母親の由美子さんのサポートも欠かせなかったはずです。
長女・寧々さんについて
天心さんの1歳下の妹が、長女の那須川寧々さんです。
寧々さんは格闘技の道には進んでいないとみられますが、那須川家の一員として天心さんを支えてきた存在でしょう。
那須川兄弟の中では比較的メディア露出が少ないものの、家族の絆の中で重要な役割を果たしていると考えられます。
次女・梨々さんと次男・龍心さん
天心さんの4歳下の妹である那須川梨々さんは、プロの格闘家として活躍しています。
次男の那須川龍心さんは2006年5月16日生まれで、現在19歳です。
龍心さんは那須川兄弟の中で「一番の注目株」とも呼ばれており、今後の活躍が期待されています。
弘幸さんが天心さんだけでなく梨々さんと龍心さんもプロ格闘家として育成した実績は、指導者としての実力を証明するものですよ。
天心が語る「一生超えられない存在」
世界チャンピオンの那須川天心さんが「一生超えられない」と語る存在、それが父親の弘幸さんです。
格闘技界の頂点に立った天心さんがそこまで言い切るほど、弘幸さんの存在は大きいのでしょう。
父親のプレッシャーが最強だった
天心さんはインタビューで「父親のプレッシャーは本当にすごかった」と明かしています。
「タイトルマッチや大舞台のプレッシャーですら、父親のプレッシャーに比べると大したことないと感じてしまう」という言葉は非常に印象的です。
世界タイトルマッチという最高峰のプレッシャーよりも、父親の存在感の方が上だというのですから、弘幸さんのスケールの大きさがうかがえます。
この「父親のプレッシャーに耐えてきた経験」こそが、天心さんのメンタルの強さの源泉になっているのです。
幼少期からの二人三脚の歩み
弘幸さんと天心さんは、天心さんが5歳で極真空手を始めた頃から二人三脚で歩んできました。
格闘技未経験の父親が、独学で息子のトレーナーを務めるという異例の関係は、20年以上にわたって続いてきたのです。
弘幸さんが「小さい天心に誰よりも強くしてやると約束した」という言葉からは、幼い天心さんとの間で交わされた固い約束の重さが伝わってきます。
そしてその約束は、天心さんが世界チャンピオンになることで見事に果たされました。
初黒星後の再タッグ
天心さんがプロボクシングに転向後、初の世界戦でプロ格闘技キャリア初の黒星を喫した際にも、弘幸さんの存在が注目されました。
弘幸さんはYouTubeチャンネル「格闘キャスト」にゲスト出演し、天心さんを再び指導することを明かしています。
天心さんも「お願いします」と応え、再び父子タッグが実現することになったのです。
勝っても負けても、常に隣に父親がいるという安心感は、天心さんにとって何よりも心強いものでしょう。
世界王者が「一生超えられない」と認める父親、それが那須川弘幸さんという存在なのです。
那須川天心の父親の職業と経歴の総まとめ
- 那須川天心の父親・那須川弘幸の職業はTEPPEN GYMの会長兼トレーナー
- 弘幸の生年月日は1970年3月8日で現在56歳
- 前職は内装業の経営者で後輩に会社を譲渡して格闘技界に転身
- 格闘技の経験はゼロで本や試合研究から独自メソッドを確立
- 中学時代にサッカーで全国大会に出場した運動実績あり
- 2011年にTEAM TEPPENを結成し2016年にTEPPEN GYMをオープン
- ジムは千葉県松戸市新松戸と大阪の2店舗を展開
- 天心だけでなく次女・梨々と次男・龍心もプロ格闘家に育成
- 天心の名前の由来は「天のような大きな心を持ち感謝の気持ちを忘れない人間に」
- 天心が「父親のプレッシャーはタイトルマッチ以上」と語るほどの厳しい指導
- スパーリングで天心にあばらと腰と鎖骨を折られた経験がある
- 「地上最強の親子喧嘩」と銘打たれた風音戦では敵側セコンドを担当
- 矢沢永吉の大ファンで天心の入場曲使用を一度は制止した
- 母親は那須川由美子で美人と話題の人物
- 天心が「一生超えられない存在」と語る唯一の人物である
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