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EXILE ATSUSHIさんは、EXILEのボーカルとして日本の音楽シーンを長年牽引してきたアーティストです。
その圧倒的な歌声の原点となったのが、埼玉県越谷市の実家でした。
父親がカラオケ設備のあるバーを経営しており、幼いころから店で歌い続けたあつしさん。父親から音楽の才能を受け継いだと語るほど、実家の環境が歌声を育てました。
2025年1月には父親が癌で他界し、複雑だった親子関係への思いをSNSで打ち明けて話題になりました。
本記事では、実家の場所や家族構成、学生時代のエピソードまで詳しくまとめています。
記事のポイント
①:実家は埼玉県越谷市・北越谷エリアが有力
②:父親がバー経営で2025年1月に癌で他界
③:妹のせりさんは4歳年下で2児の母
④:本郷高等学校で無期停学を経験した過去
EXILE あつしの実家は越谷市!家族と学区を解説
- あつしの実家の場所と学区エリア
- 父親が経営していたバーとカラオケ文化
- 父親の死去と複雑な親子関係の真相
- 母親の人物像と息子との関係
- 妹・せりさんのプロフィールと現在
- あつしが生まれたSAMの実家病院
あつしの実家の場所と学区エリア
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EXILE ATSUSHIさんの実家は、埼玉県越谷市にあります。
公式に住所が公表されているわけではありませんが、出身校の学区から推測すると、越谷市の北越谷・大沢・東大沢・花田のいずれかのエリアが有力です。
最寄り駅は、東武伊勢崎線の「北越谷駅」になります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 佐藤 篤志(さとう あつし) |
| 生年月日 | 1980年4月30日 |
| 2026年03月07日現在の年齢 | 45歳 |
| 出身地 | 埼玉県越谷市 |
| 身長 | 175cm |
| 血液型 | A型 |
| 出身小学校 | 越谷市立北越谷小学校 |
| 出身中学校 | 越谷市立栄進中学校 |
| 出身高校 | 本郷高等学校(東京都豊島区) |
| 専門学校 | ESPミュージカルアカデミー |
| 事務所 | LDH JAPAN |
| 担当 | EXILE(ボーカル・ピアノ) |
あつしさんは二十歳まで越谷市に暮らしていたと語っており、音楽活動で忙しくなった後も地元への愛着を持ち続けています。
2017年6月にはアメリカ留学中に一時帰国し、地元・越谷でライブを開催して凱旋を果たしているほどです。
越谷市はどんな街?
越谷市は埼玉県南東部に位置し、人口約34万人の中核都市です。
東武伊勢崎線やJR武蔵野線が走っており、東京都心へのアクセスも良好なことから、ベッドタウンとして長年人気を集めています。
大型ショッピングモール「イオンレイクタウン」があることでも有名で、自然と都市機能が調和した住みやすい街として知られています。
落ち着いた住宅街が広がる一方で、公園や文化施設も充実しており、子育て環境に恵まれた地域です。
越谷市立北越谷小学校はその名の通り北越谷エリアにあり、この学区からあつしさんの実家の場所が推測できるわけですね。
越谷市の学区制度では、住んでいるエリアによって通う小学校・中学校が決まっています。
あつしさんが越谷市立北越谷小学校に通っていたことから、実家は北越谷エリアを中心とした学区内にあったと考えられます。
北越谷エリアは、東武伊勢崎線「北越谷駅」を中心とした住宅地で、駅周辺には商店街も広がっています。
駅から少し歩けば田んぼや自然も残るエリアで、のどかな雰囲気の中で育ったことがうかがえますね。
父親が経営していたバーとカラオケ文化
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あつしさんの父親は、カラオケ設備のある飲食店(バー)を経営していました。
母親も同じお店の経営に携わっており、あつしさんは幼いころから店にあるカラオケでよく歌っていたといいます。
この環境が、後の歌手・ATSUSHIの原点になっているわけですね。
父親だけでなく祖父もカラオケが上手だったといい、あつしさんは「音楽の才能は父親から受け継いだ」と語っています。
家族でカラオケを楽しむ文化が根付いていた家庭だったからこそ、幼いあつしさんも自然に歌うことへの抵抗がなく、のびのびと歌を楽しめたのでしょう。
飲食店はいつ閉店した?
父親と母親が経営していた飲食店は、2011年に閉店しています。
あつしさんがEXILEとして活動を続け、ソロアーティストとしても頭角を現していたころのことです。
閉店の詳しい理由は公表されていませんが、両親の飲食店の記憶は、あつしさんの音楽人生を語る上で欠かせないエピソードとして語り継がれています。
あつしさんが4歳からクラシックピアノを習い始めたのも、父親のバーで歌を楽しむ環境の中で音楽に親しんできたからこそではないでしょうか。
リズム感や音感を自然に育てる環境がすでに実家にあったわけで、EXILE ATSUSHIとして多くのファンを魅了する歌声の土台は、まさにこの父親のバーで作られたといっても過言ではありません。
カラオケで歌うのと、プロとしてステージで歌うのは全く次元が違いますが、あつしさんの場合は幼いころから人前で歌うことへの喜びを知っていたわけで、その経験が後の活動に生きていることは間違いないでしょう。
そしてそのバーのカラオケを通じて培われた音楽センスが、あのEXILEを代表するボーカルへと成長する原点になったのです。
父親の死去と複雑な親子関係の真相
あつしさんの父親は、2025年1月24日に癌で亡くなりました。
あつしさんはその後、自身のインスタグラムに父親との思い出の写真とともに長文のメッセージを投稿し、多くの人の注目を集めました。
「1月24日。父親が天国へと旅立ちました。生前みなさんには大変お世話になりました」
そしてこう続けました。「実はここ20年、息子であるボクと親父の関係は、決して良好と呼べるようなモノではありませんでした。ルールを守れない父親に対して、どうしても許せないことばかりでした」
それでも最後には感謝の言葉を綴っています。
「大っ嫌いでも愛してるんだと気づきました。大っ嫌いでも感謝しているんだと気づきました。大っ嫌いでも地獄は見せたくないと思いました」
「大っ嫌いでも愛してる」に込めた思い
あつしさんはインスタグラムの投稿で、「ボクがデビューして歌手になり、ある程度有名になってしまった息子に対して、どう接していいか分からなかったのかなと、今になってはそう思います」と、父親の気持ちを思いやる言葉も添えました。
有名アーティストの息子に対して、普通の父親として接することに戸惑いがあったのかもしれません。
ここ、気になりますよね。
そして最後にはこう締めくくっています。
「親父ありがとう。ボクに音楽の才能を授けてくれて。ボクに命を授けてくれて。天国から見守っててください…」
この言葉に、多くのファンが感涙したことはいうまでもありません。
複雑な関係を抱えながらも、最終的にすべてを受け入れた姿勢は、あつしさんの人間的な大きさを感じさせます。
父親のバーで一緒にカラオケを楽しんでいた幼少期の記憶と、20年間の複雑な関係の記憶が、「大っ嫌いでも愛してる」というひと言に凝縮されているのかもしれませんね。
母親の人物像と息子との関係
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あつしさんの母親は、父親とともに飲食店を経営していた方です。
現在もあつしさんとの仲は良好で、本人のYouTubeチャンネルにも一緒に出演し、ボーリングを楽しむ様子が公開されています。
名前や年齢など詳細なプロフィールは非公表ですが、息子との関係が非常に良いことがうかがえます。
あつしさん自身も、母親のことを「理想の母親」と語っていたとされており、母への敬意がにじみ出るエピソードが多いですよ。
「中学校までは優等生だった」という母親の言葉
あつしさんの高校時代の数々の問題行動(サボり、ケンカによる無期停学など)は有名なエピソードですが、母親は「中学校までは優等生だった」と語っています。
小学校時代は野球、中学校時代はサッカーに打ち込み、市の選抜メンバーにも選ばれるほど真剣にスポーツに取り組んでいたあつしさん。
その姿が「優等生」という言葉に表れているのでしょう。
高校に入ってから金髪にして、学校をサボるようになり、ケンカで停学になる…という展開は、母親にとっては驚きだったはずです。
学期末の通知表を見たとき、初めて息子が学校を欠席していた事実を知り、「え〜こんなに?!」と驚いたというエピソードが残っています。
それでも、息子の才能を信じ、温かく見守り続けた母親の存在が、あつしさんの音楽人生を支えてきたことは間違いないでしょう。
飲食店を2011年に閉店した後の母親の職業は明らかになっていませんが、専業主婦として家庭を守ってきたのではないかと推察されています。
現在もあつしさんとの親子関係は良好で、YouTubeにも登場するなど息子の活動を応援している様子が見てとれますよ。
妹・せりさんのプロフィールと現在
あつしさんには、4歳年下の妹が1人います。
「せり」という名前だという情報が一部で出ていますが、公式に確認されたわけではありません。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 続柄 | 妹(1人) |
| 推定生年 | 1984年ごろ |
| 2026年03月07日現在の年齢 | 41歳前後 |
| 名前 | 「せり」という噂(非公表) |
| 職業 | LDH JAPAN社員という説もあるが不明 |
| 結婚・子供 | 既婚・2児の母 |
1980年生まれのあつしさんから4歳年下なので、妹さんは1984年ごろのお生まれです。
2017年3月に33歳で出産されており、現在は2人のお子さんを持つお母さんになっています。
当時あつしさんは正式に「おじさん」になった喜びをインスタグラムに投稿し、甥っ子や姪っ子への愛情をのぞかせていました。
2023年に公開された写真には、妹さんの子供たちと一緒に3ショットで写っているあつしさんの姿があり、おじさんとしての顔もほほえましいですよ。
妹さんの職業については、EXILEや三代目J Soul Brothersが所属するLDH JAPANの会社員ではないかという説もありますが、公式には確認されていません。
なお、あつしさんはきょうだいがこの妹1人のみで、弟や他のきょうだいはいません。
4歳年下の妹に対して、兄としての愛情は深いようで、インスタグラムへの投稿などを見ても仲の良い兄妹関係が伝わってきます。
あつしが生まれたSAMの実家病院
あつしさんの出生には、驚くほどの縁があります。
実はあつしさんは、TRFのSAMさんの実家が経営する「丸山記念総合病院」(さいたま市)で生まれているのです。
SAMさんの家族は代々続く開業医として地域医療に貢献してきた家柄であり、SAMさんの父親は産婦人科医として長年活躍していました。
当時、そのSAMさんの父親がATSUSHIさんを取り上げたというわけです。
このエピソードが明かされたのは、2018年11月26日にNHK総合で放送された「ファミリーヒストリー」の中でのことです。
TRFのSAMとEXILEのATSUSHIをつなぐ縁
「ファミリーヒストリー」はNHKが本人に代わって家族の歴史を調査し、本人も知らない源流を紹介する人気番組です。
この回にSAMさんが出演し、実家がさいたま市で4代続く開業医であることが紹介されました。
兄弟も現役の医師として地域医療に携わっており、SAMさん自身も医師になることを疑わずに育ったといいます。
それが高校2年生のときにダンスに魅せられ、卒業と同時に芸能の道へ踏み込むことになりました。
父親とはその選択で壁ができてしまったものの、20歳のときに「やるなら一流になれ。何やってもいいからまじめにやれ」と言われたエピソードも番組で明かされています。
SAMさんはダンサーとしてTRFで活躍し、後にATSUSHIさんと同じ事務所系列で活動することになります。
さらに、そのSAMさんの父親が取り上げた赤ちゃんがATSUSHIさんだったという縁は、あまりにも出来すぎた話ですよね。
越谷市とさいたま市は隣接しており、当時の越谷市民がさいたま市の病院で生まれることも珍しくない距離感です。
日本の音楽シーンを長年にわたって彩ってきたTRFとEXILE、その2組をつなぐ縁がまさか出産の場面にあったとは、ファンならずとも驚くエピソードといえるでしょう。
EXILE あつしの実家ゆかりの学校と現在の活動
- 越谷市立栄進中学校時代のサッカーと音楽への目覚め
- 本郷高等学校の無期停学と恩師マスノ先生
- ESPミュージカルアカデミーから歌手デビューへの道
- 体調不良を乗り越えた現在の活動
越谷市立栄進中学校時代のサッカーと音楽への目覚め

あつしさんが通った越谷市立栄進中学校は、昭和51年(1976年)に開校した越谷市の公立中学校です。
実はこの中学校、あつしさん以外にも著名な卒業生がいます。
「北斗の拳」で知られる漫画家の原哲夫さんも栄進中学校の卒業生で、さらに後述する本郷高等学校も同じというご縁があります。
あつしさんは4歳からクラシックピアノを習い始めており、中学校時代もピアノを続けていました。
中学生になっても音楽への情熱を持ち続けていたのは、父親のバーでカラオケに親しんできたことが大きく影響しているのではないでしょうか。
サッカーで市の選抜メンバーに
中学校時代のあつしさんはサッカー部に所属しており、市の選抜メンバーにも選ばれるほどの実力の持ち主でした。
小学校時代は野球を楽しみ、中学に上がってからはサッカーに情熱を注いだあつしさん。
当時の夢は「プロサッカー選手になること」であり、練習にも真剣に打ち込んでいました。
市の選抜メンバーに選ばれるということは、地元の同年代の選手の中でもトップクラスの実力があったということですよ。
スポーツに真剣に取り組む一方で、音楽への情熱も持ち続けていたあつしさん。
母親が「中学校までは優等生だった」と語るほど、当時は学校でも良い生徒だったようです。
サッカーと音楽という2つの情熱を持ちながら、まだ将来の方向性が定まっていなかった中学時代。
しかし、高校に進学してからその方向性が一気に変わっていくことになります。
サッカーに見切りをつけ、音楽へとシフトしていったあつしさんの高校時代は、次のセクションで詳しく触れていきます。
越谷市立栄進中学校での日々は、スポーツと音楽への情熱が同居した、あつしさんの原点のひとつといえるでしょう。
本郷高等学校の無期停学と恩師マスノ先生
あつしさんが進学した本郷高等学校は、東京都豊島区巣鴨にある中高一貫の難関男子校です。
現在は「学習院高等科(偏差値70)」や「暁星高校(偏差値69)」と同じようなレベルとされる進学校で、著名な卒業生も多く輩出しています。
「北斗の拳」の原哲夫さんは、前述の栄進中学校に続いてこの本郷高等学校も同じ出身校です。
アテネオリンピック・北京オリンピックで男子平泳ぎ金メダリストとなった水泳選手の北島康介さんも本郷高等学校の卒業生として知られています。
「行ってきます」と言いながら学校をサボっていた
難関校に通いながら、あつしさんの高校生活はかなりやんちゃなものでした。
「行ってきます」と自宅を出たものの、実際には学校をさぼり、駅の向こう側の教会で寝ていたというエピソードが本人の口から語られています。
母親は、学期末の通知表を見た時に初めて息子が学校を欠席していた事実を知り、「え〜こんなに?!」と驚いたといいます。
サッカーに見切りをつけたあつしさんは高校2年生のころに金髪にして、地元の友人とコピーバンドを結成します。
そしてある事件(ケンカ)を起こし、学校を無期停学になってしまいます。
しかし、そのとき担任だったマスノ先生の行動が素晴らしかった。
「オレも頭を坊主にするから、一緒に謝りに行こう」と、なんと埼玉の実家まで説得しに来てくれたのです。
無期停学を耐えることができたのも、無事に卒業できたのも、「全ては本当に良い人だったマスノ先生のおかげ」とあつしさんは語っています。
通学路として使っていた巣鴨の商店街も、あつしさんの思い出深い場所のひとつです。
当時通学路にあったパン屋「オリーブ」のサンドイッチをよく食べていたといい、自身のYouTubeチャンネルでも学生時代を懐かしんで巣鴨の商店街を訪れています。
やんちゃだった高校時代ですが、マスノ先生という良き恩師との出会いがあったからこそ、卒業してその先の道を歩めたのかもしれません。
ESPミュージカルアカデミーから歌手デビューへの道
高校卒業後、あつしさんは東京の音楽専門学校「ESPミュージカルアカデミー」に進学しました。
音楽を本格的に学ぼうという意志が固まった時期のことです。
専門学校で声楽や音楽理論を学び、プロとして活動するための基礎を身につけていきました。
2000年には、テレビ東京系「ASAYAN」主催の「男子ヴォーカリストオーディション」に参加し、最終選考まで進みます。
惜しくも落選しましたが、この経験がその後の飛躍につながっていくことになります。
EXILEのボーカルとしてのデビューと歩み
2001年にJ Soul Brothersに加入したあつしさんは、同年9月27日にグループ名を「EXILE」として活動をスタートさせます。
2004年にはCOLOR(後のDEEP)を立ち上げ、プロデューサー兼ボーカルとして活動の幅を広げました。
2006年にはソロ活動も開始し、2011年にはEXILE ATSUSHI名義でソロデビュー曲「いつかきっと…」をリリースしています。
2016年には初のソロドームツアー「IT’S SHOW TIME!!」を開催し、RED DIAMOND DOGSの結成も発表しています。
EXILEのボーカルとして、またソロアーティストとして、多彩な活動を展開してきました。
越谷市の実家で父親のバーのカラオケから始まった音楽の旅が、ここまで大きく広がっていったことは、改めて驚くべきことですよね!!
ASAYAN落選という挫折も、J Soul Brothers加入という転機も、すべてが今のATSUSHIを形成してきたといえるでしょう。
2020年にはEXILEを一時卒業してソロ活動に専念することを発表しましたが、2022年12月に正式に復帰し、グループのボーカルとして再び歩み始めています。
体調不良を乗り越えた現在の活動
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あつしさんは長年の活動の中で、複数の深刻な体調不良を経験してきました。
2006年には声帯ポリープの手術を受けており、歌手として最も大切な喉のトラブルを抱えた時期がありました。
当時は二日酔いでライブに臨むなど体調管理を怠っていたことを本人が認めており、手術後は生活を大幅に改める必要がありました。
2016年8月からはロサンゼルスやニューヨークへ1年半の留学を敢行。
この留学は音楽的な成長のためだけでなく、自律神経失調症による休養も兼ねていたことが帰国後に明かされています。
一酸化炭素中毒からの闘病と復活
最も深刻だったのは2023年のことです。
会食後に体調不良を感じたあつしさんが検査を受けた結果、一酸化炭素中毒と診断されました。
さらにその影響からメニエール病が誘発され、ライム病とも診断されるなど、複合的な病気に苦しむことになります。
ソロツアー「Heart to Heart Season 2」の全公演を中止せざるを得ない状況となり、ファンにとっても大きな心配事となりました。
それでもあつしさんはその後も治療を続け、2024年9月27日に活動再開を発表します。
2025年には中止となっていたソロツアーを「Heart to Heart」として開催し、復活を果たしました。
現在はEXILEのボーカルとして活動を再開し、法務省の矯正支援官(2015年〜)や警察庁の特別防犯支援官(2025年〜)としても社会貢献活動を続けています。
越谷市の実家で父親のバーのカラオケから歌い始め、いくつもの挫折と病気を乗り越えてきたあつしさん。
その強さの源には、実家で育まれた音楽への純粋な愛情があるのかもしれません。
EXILE あつしの実家と家族が育んだ才能の原点
- 実家は埼玉県越谷市北越谷エリアで、最寄り駅は東武伊勢崎線「北越谷駅」
- 20歳まで越谷市に暮らし、活動後も地元への愛着を語り続けている
- 父親と母親がカラオケ設備のある飲食店(バー)を2011年まで経営していた
- 幼いころから父親の店のカラオケで歌い続けたことが歌声の原点になった
- 父親も祖父もカラオケが上手で、音楽の才能は父親譲りとあつしさん自身が語っている
- 父親は2025年1月24日に癌で亡くなった
- 父親とは20年間関係が複雑だったが「大っ嫌いでも愛してる」とSNSで綴った
- 母親はATSUSHIのYouTubeに出演するほど親子仲は良好
- 妹は「せり」という名前とされ4歳年下(1984年生まれ)の2児の母
- TRFのSAMさんの父親(産婦人科医)に取り上げられて生まれたという縁がある
- 越谷市立栄進中学校でサッカーの市の選抜メンバーになるほどの実力だった
- 本郷高等学校でケンカによる無期停学を経験したが担任マスノ先生のおかげで卒業できた
- ESPミュージカルアカデミー卒業後、2000年ASAYAN最終選考まで進んだが落選した
- 2023年一酸化炭素中毒からメニエール病・ライム病を発症し活動を休止した
- 2025年に復活ツアーを開催し、EXILEのボーカルとして現在も精力的に活動中

