※当記事は公開情報をまとめた考察記事です。記載内容は執筆時点で確認できた情報に基づきます。
※本サイトのコンテンツには、商品プロモーションが含まれています。

中日ドラゴンズのエース・高橋宏斗さんには5歳年上の兄・伶介さんがいることをご存じでしょうか。
伶介さんは野球の名門・慶應義塾大学野球部で最速149キロを誇る投手として活躍し、卒業後は就職ランキング1位の東京海上日動火災保険に就職したエリートです。
宏斗さんがここまで活躍できたのも、兄・伶介さんのサポートなしには語れません。コロナ禍の2ヶ月間、実家で共に過ごした際に伝授した栄養学やトレーニング法は、宏斗さんの体作りに大きく貢献しました。
この記事では、高橋宏斗さんの兄・伶介さんのプロフィールや現在の仕事、そして兄弟の深い絆について詳しくご紹介します。
記事のポイント
①:兄・伶介さんは慶應義塾大学法学部政治学科卒で、現在は東京海上日動火災保険に勤務するエリート
②:伶介さんは中学時代に豊田シニアで全国制覇し、大学では最速149キロを誇る投手に成長
③:コロナ禍の2ヶ月間、弟・宏斗さんと共同生活を送りながら栄養学やトレーニング法を伝授
④:甲子園を「家族の夢」と語る伶介さんは、今もプロ野球選手の弟と互いに刺激を与え合っている
高橋宏斗の兄・伶介さんのプロフィールと仕事
- 兄・伶介さんの名前と基本プロフィール
- 慶應義塾高校に合格した学業と野球の両立
- 慶應義塾大学野球部で最速149キロを記録
- 大学卒業後の仕事は東京海上日動火災保険
- コロナ禍の在宅勤務で弟・宏斗さんを支援
兄・伶介さんの名前と基本プロフィール
高橋伶介・宏斗兄弟
アベック日本一 https://t.co/U4zI2gqtOX— HALUHI@高校野球・中学野球 (@Iambanekko) November 20, 2019
高橋宏斗さんのお兄さんの名前は高橋伶介(たかはし れいすけ)さんといいます。宏斗さんより5歳年上で、28歳になります。愛知県尾張旭市出身で、宏斗さんと同じ地元で育ちました。
伶介さんはまず野球選手として、そして学業優秀な学生として、様々な場面で弟の宏斗さんの目標となってきた存在です。宏斗さん自身も「速い球を投げたり、よく打ったり、自分ができないことを何でもできちゃう兄は憧れであり目標。いつも兄のマネをしていました」と語っているほど、伶介さんの存在は宏斗さんの野球人生に欠かせないものでした。
そんな伶介さんのプロフィールを基本情報からまとめてみましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 高橋伶介(たかはし れいすけ) |
| 年齢 | 28歳 |
| 出身地 | 愛知県尾張旭市 |
| 野球経歴 | 尾張東リトル→豊田シニア→慶應義塾高校→慶應義塾大学野球部 |
| 最高球速 | 149キロ(慶應義塾大学4年時) |
| 最終学歴 | 慶應義塾大学法学部政治学科 |
| 就職先 | 東京海上日動火災保険(2020年4月入社) |
幼少期から弟の宏斗さんに「伶介」と呼び捨てにされても怒らない、穏やかで面倒見の良いお兄さんとして知られています。宏斗さんとは正反対の性格で、「勉強も、野球も、普段の生活のことも、しっかり計画を立てて正確にやりこなしていくのが兄」と宏斗さんが証言するほど、几帳面でしっかり者のキャラクターです。
宏斗さんが「兄は時間があったら勉強している」と語る一方、自分は「暇があったら寝てる感じ(笑)」と表現しているほど、性格は真逆。それでも、お互いを尊重し補い合える関係は今も変わらず続いています。宏斗さんが小さい頃から伶介さんを「伶介」と呼び捨てにしていたことも、2人の対等でフラットな関係性を象徴しているようです。
伶介さんが7歳でリトルリーグを始めたことが、高橋家における野球の歴史のスタートでした。両親がリトルリーグのグラウンドに連れて行くため、2歳の宏斗さんも必然的にグラウンドで育つことになります。砂いじりから始まり、小さな手でボールを持つようになり、バットを持つようになった宏斗さん。まさに野球は生まれながらにして身体に染み込んでいたのです。
慶應義塾高校に合格した兄の卓越した学業と野球
『慶應義塾高校野球部』いろんな意味で強すぎん?甲子園で活躍するイケメンすぎる慶應ボーイとかカッコ良すぎて彼女になりたいです。勝利おめでとうございます♪
左から
丸田湊斗選手
清原勝児選手(清原Jr.)
小宅雅己選手 pic.twitter.com/ehPlsj9orb— たまちゃん (@tama12180) August 11, 2023
伶介さんが全国的に注目を集めた出来事のひとつが、超難関として名高い慶應義塾高校への推薦入試合格です。慶應義塾高校の偏差値は76と、全国でも屈指のレベルを誇る名門校です。推薦入試の出願条件として、出願時における中学3年次の成績合計が9科目で45満点中38以上という厳しい要件が設けられています。ところが伶介さんはなんと42という驚異的な評定を獲得しています。野球に本格的に打ち込みながら、これほどの学業成績を収めていたというのは、まさに文武両道を体現した結果といえます。
学業優秀なだけでなく、中学時代に所属した豊田シニアでは全国大会制覇を成し遂げるなど、野球の実績も申し分ありませんでした。競技実績と学業成績の両方が評価される推薦入試において、伶介さんはその条件を十分に満たしていたのです。
慶應義塾高校野球部でも精力的に活動した伶介さんですが、3年間で甲子園には届きませんでした。同期のエースには後に楽天3位指名を受けた津留崎大成さんがいたこともあり、エース番号を背負う機会は訪れず。背番号10をつけて活動し、チームのために貢献し続けた3年間でした。
愛知から神奈川へ単身で渡り、親元を離れて野球と学業に邁進した伶介さん。NHKで早慶戦を見たことが慶應への憧れのきっかけとなり、「ここで野球をしたい」という強い意志で難関を突破した経緯があります。兄のその姿を見て、弟の宏斗さんも「大学に行くなら慶應に行きたい」と思うようになるのは自然な流れだったといえます。
実際、宏斗さんはプロ志望届を提出する前に慶應大のAO入試を受験しています。残念ながら不合格となりましたが、兄が切り拓いた慶應への道を自分も歩もうとした宏斗さんの気持ちは、兄への深い尊敬の表れだったといえるでしょう。その後、宏斗さんはドラフト1位で中日ドラゴンズに入団し、プロの舞台で才能を爆発させることになります。
慶應義塾大学野球部で最速149キロを記録した4年間
【令和6年度卒業生 進路先】
令和6年度卒業生46名の進路先を公開しました!
進路先一覧はこちら👇https://t.co/KhrBvW4OPU#keiobaseball #tokyobig6
— 慶應義塾体育会野球部【公式】 (@KeiobbcOfficial) November 1, 2024
慶應義塾高校を卒業した伶介さんは、そのまま内部進学で慶應義塾大学に進学しました。進学先は法学部政治学科で、こちらも偏差値67.5という難関学部です。大学でも野球部に入部し、引き続き投手として競技を続けました。
大学1年秋には東大とのカードで2試合ベンチ入りを果たしましたが、登板機会が得られないままベンチを外れ、その後10月に右肘を痛めるアクシデントに見舞われます。2年生のときはフレッシュリーグや秋のフレッシュトーナメントなど新人戦に多く出場しましたが、リーグ戦での登板は果たせませんでした。
それでも伶介さんは腐らず、4年秋の最終学年まで「KEIO」のユニフォームを着てプレーし続けます。打撃投手などでAチームをサポートするという選択肢もありましたが、あくまで「現役選手」として二軍でプレーし続けました。「2軍でもいかにモチベーションを保てるかという姿勢を下級生に見せてきた」という言葉からは、チームへの貢献を常に意識した伶介さんの人柄が伝わってきます。
最終的にリーグ戦登板は叶いませんでしたが、4年時には最速149キロを投げるまでに成長。引退に際しては「野球人生を悔いなく終われる」と清々しい笑顔を見せました。
大学4年の秋には、慶應義塾大学野球部が3季ぶりのリーグ優勝と19年ぶりの明治神宮大会制覇を達成。チームの一員として日本一を経験し、「4年間目指していた目標を達成できた」と充実した表情で優勝祝賀会に出席しました。
そしてちょうどその頃、弟の宏斗さんが率いる中京大中京高校もまた明治神宮大会で高校日本一を達成。兄弟揃って同じ秋に日本一を経験するという感動的な出来事が重なりました。中学の全国制覇に続き、大学・高校それぞれのステージでも兄弟がタイトルを掴んだ瞬間でした。
大学卒業後の仕事は東京海上日動火災保険
【損害保険 主要4社 データで比較】
2025年以降に登録された給与データを対象に、損害保険の主要4社について、平均年収・平均年齢・社員満足度・平均月間残業時間を並べて集計しました。■東京海上日動火災保険
平均年収 1,037万円 (31.3歳)|満足度 3.60|残業 34.7h
■三井住友海上火災保険… pic.twitter.com/wb8LLc9HBo— OpenMoney / オープンマネー【公式】 (@OpenMoney_JP) January 27, 2026
慶應義塾大学を卒業した伶介さんが選んだ就職先は、東京海上日動火災保険株式会社です。2020年4月より勤務を開始し、現在は社会人として活躍しています。入社当初は大阪市内に拠点を置いていたことが報道されています。
東京海上日動火災保険は、マイナビが日本経済新聞社と共同で実施した「2023年卒大学生就職企業人気ランキング」において2年連続で1位を獲得した、国内トップクラスの人気企業です。損害保険業を主に行う同社は「安定している」「業界上位である」「社風が良い」という点から学生に高く評価されており、就活の最難関企業のひとつとして知られています。1879年に創業し、日本最大手の損害保険グループである東京海上グループの中核企業として国内外で幅広い事業を展開しています。
そんな人気ナンバーワン企業に就職できたのも、慶應義塾大学という看板と、野球を通じて培った精神力・継続力・チームワーク力があってこそでしょう。伶介さん自身も「一生懸命取り組んだ野球のエネルギーを、仕事に注ぎたい。親には負担をかけてきましたので、自立して、返していきたいと思う」と語っており、野球で培ったものを仕事にしっかりと活かす意欲を見せています。
また、弟の宏斗さんの登板を見ると「仕事を頑張ろうと思える」という伶介さん。プロ野球選手として活躍する弟の姿が、社会人としての自分へのエネルギーになっているようです。お互いに刺激を与え合い、それぞれのフィールドで輝き続けている高橋兄弟の姿は、多くの人の心を打つ素敵なエピソードですよね。
コロナ禍の在宅勤務で弟・宏斗さんを全力サポート
“デッかいかぁ~”
髙橋宏斗の手にはソフトボール!?
WBCも念頭に大きめの球で肩慣らし🌸中日 春季キャンプ #dragons #だったらDAZN pic.twitter.com/JMTKcn3LUq
— ⚾️DAZNベースボール (@DAZNJPNBaseball) February 11, 2026
2020年4月から東京海上日動火災保険に就職した伶介さんですが、入社直後にコロナ禍の影響を受けました。4月・5月の2ヶ月間は在宅研修となり、愛知県内の実家へ帰宅することに。これにより、久々に弟の宏斗さんと7年ぶりの共同生活を送ることになったのです。
当時、中京大中京高校3年生だった宏斗さんは、コロナの影響で全体練習が禁止され、自分たちで工夫しながらトレーニングを続けていた時期でした。そんな弟に対して伶介さんは、慶應大野球部で学んだ知識を惜しみなく伝授してくれました。伝えた内容は幅広く、慶應大式の練習メニューやトレーニング法はもちろん、「どうしてこの練習が必要なのか」という理論的な根拠まで丁寧に説明したといいます。理由や根拠を明確にしながら練習に取り組む姿勢は、慶應大野球部の伝統的な文化でもあります。その合理的なアプローチを、伶介さんは弟にしっかりと伝えました。
さらに食事面では、体重増加のためにお菓子ばかり食べていた宏斗さんに対して、「正しい食事のとり方」や「プロテインの効果的な摂取方法」を教えました。「4月初めはお菓子ばかり食べていたから、注意したんですよ」という伶介さんのコメントからも、兄として弟の体のことを真剣に考えていた様子が伝わってきます。
家族全員でサポートした2ヶ月間の結果、宏斗さんの体重は増加し、球質が向上し、球威も増加しました。甲子園高校野球交流試合では、初回から140キロ台後半を連発し、延長10回でも150キロを計測するという圧巻のパフォーマンスを見せています。この2ヶ月間の共同生活は、宏斗さんのプロ入り後の活躍の礎を作った貴重な時間だったといえるでしょう。
高橋宏斗の兄・仕事を通じて見えた兄弟の絆
- 豊田シニアの全国制覇が宏斗さんの野球人生の原点
- 正月キャッチボールで感じた弟の目覚ましい成長
- 甲子園の夢舞台で兄が見守った弟の熱投
- プロ入り後も続く兄弟の深い絆
- 高橋宏斗の兄・仕事に関する世間の声
豊田シニアの全国制覇が宏斗さんの野球人生の原点
【ドラゴンズ】練習前、松木平投手に抱きつく高橋投手 #松木平優太 #高橋宏斗 #ドラゴンズ #中日新聞 #中日スポーツ pic.twitter.com/GtzIfym3Z6
— 中日新聞写真部 (@chunichiphoto) October 25, 2024
高橋宏斗さんが野球に本気で向き合うようになったきっかけは、兄・伶介さんの活躍を目の当たりにしたことでした。宏斗さんが小学4年生のとき、豊田シニアのエースとして君臨していた伶介さんが、リトルシニアの全国大会に出場します。
両親とともに東京まで駆けつけた宏斗さんは、1回戦から全試合をスタンドで応援しました。テレビでしか見たことがなかった神宮球場という大舞台で、堂々と投げる兄の姿を目の当たりにした宏斗さんは大きな感動を覚えます。「本当にすごかった。自分のことのように嬉しくて、神宮のスタンドから見た兄の姿が忘れられない」と後に振り返っています。
伶介さんのチームはその大会で快進撃を続け、見事初優勝を飾ります。さらに伶介さんは最優秀選手賞(大会MVP)とベストナイン(投手)をダブル受賞するという快挙を成し遂げました。試合後、スタンドを見上げると父と宏斗さんが何度もガッツポーズして喜んでいたのが印象に残っていると、伶介さんも証言しています。
この経験から宏斗さんは心に誓います。「僕も頑張って練習してここで優勝する!いつか伶介を抜かす!」と。その日は2012年8月7日、10歳の誕生日を2日後に控えた夏の日でした。この瞬間が、高橋宏斗という世界的投手の野球人生の真の出発点といえます。
その後、宏斗さんは兄と同じ豊田シニアに入部し、2年後にはエースとして全国大会に出場しています。神宮球場で行われた1回戦では勝利を飾るも、次戦でサヨナラ負けを喫し、「全国でサヨナラで負ける悔しさは自分にしか分からない」という貴重な経験を積みました。この悔しさが後の飛躍につながったことは間違いないでしょう。
正月キャッチボールで感じた弟の目覚ましい成長
中日1位・高橋宏斗は高校2年夏、愛知大会の敗戦バネに成長「あの夏のままじゃ… 中日スポーツ https://t.co/6dIsKeFLcv
中3夏133㌔⇨高3夏154㌔ 高校で球速が21㌔増
高2夏敗戦後の練習で小塚天眞さんに「お前のせいで夏負けたんだから、その分やらないかんだろ」とハッパをかけられ、成長はさらに加速— HALUHI@高校野球・中学野球 (@Iambanekko) December 23, 2020
高橋家には毎年元日に家族みんなで「野球始め」を行うという恒例行事があります。2020年1月1日もその伝統は続き、プロ野球ドラフト候補として注目されていた宏斗さんと、大学4年生の伶介さんがキャッチボールを行いました。
このときの宏斗さんのボールを受けた伶介さんは、驚きを隠せなかったといいます。「見違えるようなボールを投げていた。見た目にも大きくなっていました」という言葉からも、1年間での弟の成長の著しさが伝わってきます。実際、このキャッチボールで伶介さんの手は年明け早々に真っ赤になったといいます。
最速149キロを記録した伶介さんでさえ、弟のボールには驚かされるほどだったのです。その年の秋、宏斗さんはドラフト会議で中日ドラゴンズから1位指名を受け、プロ野球選手としての道を歩み始めます。2人が毎年行う正月キャッチボールは、ただのレクリエーションではなく、互いの成長を確認し合う場でもあるのでしょう。
プロ入り後もこの伝統は続いており、オフシーズンには一緒に体を動かしていると伝えられています。社会人として東京海上日動火災保険で働く伶介さんと、中日ドラゴンズのエースとして活躍する宏斗さん。異なるステージで活躍する2人が、正月になると地元愛知に帰り、グラウンドでキャッチボールをする光景は、この兄弟の絆を象徴しているようです。
甲子園の夢舞台で兄が見守った弟の熱投
🔥熱闘甲子園🔥
【大会第9日 見逃し配信】第9日は想い届ける物語#中京大中京 主将が逆転信じて全力の声#岡山学芸館 後輩に託した言葉
強打抑える #鶴岡東 左腕#早稲田実 と1点争う投手戦!
延長突入! #大社 vs #創成館バーチャル高校野球 @asahi_koshien で👀https://t.co/OqPpGRI8go pic.twitter.com/HhRs5CLHyG
— 熱闘甲子園 (@nettoh_koshien) August 16, 2024
2020年8月、コロナ禍の影響で通常の甲子園大会は中止となりましたが、甲子園高校野球交流試合が代替として開催されました。宏斗さんが出場した中京大中京vs智弁学園の試合を、伶介さんは甲子園のスタンドから見守りました。
試合は10回タイブレークの末、中京大中京がサヨナラ勝ち。宏斗さんは10回11奪三振149球の熱投を披露し、チームの勝利に貢献しました。観戦した伶介さんは「すばらしい。ベストピッチングだった。めちゃくちゃ褒めてやりたいです」と声を弾ませたといいます。
伶介さんにとって甲子園は特別な場所。「甲子園は特別な場所。家族の夢だったので、うれしかったです」という言葉に、家族全員で長年抱き続けてきた夢が詰まっています。慶應義塾高校時代、自分が甲子園出場の夢を叶えられなかった伶介さんにとって、弟が甲子園という舞台に立つ姿を見ることができたのは、格別に感慨深いものがあったはずです。
「宏斗は悔しい思いも人一倍してきた。その思いをバネに頑張ってきた結果が無敗達成につながったと思う」という伶介さんの言葉は、弟の苦労と努力をそばで見てきた兄だからこそ言える言葉です。「(大学かプロか)どこに進んでも、家族全員で支えていきたいです」という伶介さんの言葉からは、弟の選択をどこまでも尊重し、支え続けようとする兄の深い愛情が伝わってきます。
プロ入り後も続く兄弟の深い絆と互いへの刺激
撮れました〜巨人・中山礼都選手に近づいていく、中日の高橋宏斗投手!中京大中京の同級生ですね〜きょうは対戦ありますかね?試合はBS日テレとジータスでお伝えするので、そちらも気にしてみてください!#巨人 #読売ジャイアンツ #中日 #中日ドラゴンズ #中山礼都 #高橋宏斗 pic.twitter.com/qpLzOdDiVI
— 日テレスポーツ (@ntv_sports_jp) May 17, 2025
2020年のドラフト会議で中日ドラゴンズから1位指名を受けた宏斗さん。指名直後のインタビューでは「自分がここまで成長できたのも兄のおかげだと思うので今は感謝の気持ちでいっぱいですし、今後恩返しをしていきたいと思います」と兄への深い感謝を口にしています。
プロ入り後も、兄弟の絆は変わらず続いています。オフシーズンには一緒に体を動かすことも多く、社会人として働きながらも弟との交流を大切にしている伶介さんの姿が浮かびます。伶介さんはプロとして活躍する弟の登板を楽しみにしており、「宏斗の登板を見ると仕事を頑張ろうと思える」と語っています。
野球の世界ではなく、社会人として全く異なるフィールドで活躍している伶介さんにとって、プロ野球のマウンドで輝く弟の姿は何よりの励みになっているのでしょう。2023年には20歳という最年少で侍ジャパンに選ばれWBC(ワールドベースボールクラシック)にも出場した宏斗さんの活躍は、東京海上日動火災保険で働く伶介さんにとっても誇らしいものだったに違いありません。
「エースとして、背中でチームを引っ張ってほしい。野球以外の部分でも尊敬される人間になってほしい」という伶介さんの言葉通り、宏斗さんはそれを体現し続けています。プロ野球選手として、そして一人の人間として成長し続ける宏斗さんと、ビジネスの世界でキャリアを積み重ねる伶介さん。異なる道を歩みながらも、常にお互いの存在を感じながら前進している高橋兄弟の関係は、本当に羨ましいほど素敵なものですよね。
高橋宏斗の兄・仕事に関する世間の声
🎤髙橋宏斗—-
「栗林さーん!やったよー!」#WBC決勝 🇯🇵🇺🇸
侍ジャパン最年少・20歳ながら
ナイスピッチングを披露した
髙橋宏斗選手のインタビューです。プライムビデオでアーカイブ配信中
▶https://t.co/neO5J1QwTO#日本優勝 pic.twitter.com/ZOyL8CnHDR— Prime Video(プライムビデオ) (@PrimeVideo_JP) March 22, 2023
高橋宏斗さんの兄・伶介さんについては、SNSや各メディアで多くの注目が集まっています。特に慶應義塾という名門に現役合格しながら野球も続け、さらに就職ランキング1位の東京海上日動火災保険に就職したという経歴は、文武両道の究極形として多くの人から賞賛の声が上がっています。
Xなどでは次のようなコメントが多数見受けられます。「高橋宏斗の兄がまたすごい。慶應に合格して、東京海上に就職って現実?文武両道すぎる」「弟がプロ野球選手、兄が東京海上勤務って、どんな家庭で育ったらこうなるの。高橋兄弟ほんとすごい」「高橋兄弟の仲良し具合がエモい。コロナ禍に一緒に過ごして弟を鍛えてたってのがすごく素敵だと思う」
また、伶介さんが就職した東京海上日動火災保険について「就職偏差値トップの会社に入れるのは慶應でも一握り。伶介さんは本当に優秀」という声も多く、伶介さんの実力への評価は非常に高いです。
さらに、兄弟がお互いに刺激し合いながらそれぞれのステージで輝いている姿に対しては「こんな兄弟関係憧れる」「宏斗の活躍を見て仕事頑張れるって、伶介さんの言葉が泣ける」といった共感の声も多く集まっています。
2023年のWBCで宏斗さんが世界の舞台で活躍したことで、改めて「あの高橋宏斗の兄はどんな人なんだろう」と検索する人が増え、伶介さんへの注目も高まっています。慶應卒のエリートでありながら、弟を陰で支え続けた伶介さんの存在は、宏斗ファンからも温かく受け入れられているようです。
高橋宏斗の兄・伶介の仕事と兄弟の絆まとめ
- 高橋宏斗の兄・伶介さんは5歳年上で、現在は28歳
- 中学時代は愛知の強豪・豊田シニアでエースとして全国制覇を達成した
- 全国大会では最優秀選手賞とベストナインをダブル受賞する活躍を見せた
- 超難関の慶應義塾高校推薦入試を評定42という高成績で突破した
- 慶應義塾大学法学部政治学科に内部進学し、野球部でも4年間現役を貫いた
- 大学4年時には最速149キロを記録するまで投手として成長した
- 2020年4月より就職ランキング1位の東京海上日動火災保険に勤務している
- コロナ禍の在宅勤務中、2ヶ月間弟・宏斗さんと共同生活を送った
- 弟に慶應式の練習法、栄養学、プロテインの摂取方法などを惜しみなく伝授した
- 甲子園高校野球交流試合を観戦し、「甲子園は家族の夢」と語った
- 高橋宏斗選手はドラフト後に「兄への恩返しをしたい」と感謝を伝えた
- 伶介さんは宏斗さんの登板を見て「仕事を頑張ろうと思える」と語っている
- 兄弟はオフシーズンに一緒に体を動かすなど、今も深い絆を保っている
- 弟から「伶介」と呼び捨てにされても怒らない穏やかな性格が知られている
- 文武両道を体現した兄の姿が、野球選手・高橋宏斗の原点となっている
▶️他の有名人の家族・親族・子供を知りたい|カテゴリー・記事一覧
